ナマエノハナシ///手塚国光 「手塚。悪い、醤油とって――」 もう何度目になるか、手塚の家に遊びに行って夕食をごちそうになるのは。おじさんにもおばさんにもおじいさんにも――すっかり馴染んで、同じ食卓につくことに緊張はなくなった、けど。 全員の視線を一斉に向けられて、オレは焦った。 「す、すみません、みんな『手塚』なんですよね…」 誤魔化すようにオレは乾いた笑いをもらした。「いや」と言いながら手塚(国光)が、醤油をとってくれたけど、やっぱりこのままではいけないのかもしれない。 「国光って呼んだほうがいいかな?」 「構わない」 「構わないってどっちなんだよ。肯定か否定か?」 「両方だ、お前の好きにしろ」 まるで他人事のように素っ気ない手塚の言い方に、オレはムッときて我を忘れた。 「なんだよその言い方! お前のことだろうが。だいたい国光って呼びにくいんだよ、クニだな、クニ!」 「あら、それはダメよ、くん」 すかさず聞こえてきた彩菜おばさんの声に、オレは固まる。なんてこった! 名前をつけた両親の前でこんなこと口走ってしまうなんて。 「す、すみませ――」 慌てて頭を下げたオレに、聞こえてきたのは咎めるのではない、楽しそうな彩菜おばさんの声。 「クニだと、おとうさんもおじいさまも一緒になっちゃうから」 「え?」 あ、あれ? そんな理由なんですか? 「短く呼ぶなら、おじいさまがカズで、おとうさんがハル、そして国光が“ミツ”ね」 「ミ……ミツ?」 オレは再び、我を忘れて笑転げてしまいました。すみません、すみません。でも、これが笑わずにいられるかっての。 「じゃあ、ミツって呼ぶ。好きにしろって言ったよな?」 手塚の眉間のシワが増えたって気にしないさ。好きにしろって言ったお前が悪い! 「よろしくな、ミッちゃん」 さらにアレンジしてそう呼んでやると、手塚はますますシワを増やして睨みつけた。 「あら、国光ったら、照れてる」 え? 彩菜おばさん、これ照れてるんですか……? 手塚(ミッちゃん)は、奥が深い。 最後の夜///ジャン・ハボック (悲恋につき注意!) 「よ! 」 扉につけられた小さな鈴をリンリンと鳴らして店に入ってきたのは――ぼくの待ち人。 「ハボックさん、こんばんは。お疲れ様です。今日は一段と遅いですね」 「ああ、不本意ながらいろいろと仕事が詰まっててなぁ…」 「夕飯はまだですか? よかったら試作で作ったメニューがあるんですけど、味見していただけません?」 「お。お前さんいつも熱心だなぁ。ありがたくいただくよ」 カウンターに座ったハボックさんに「飲み物は?」と聞く。あとはテーブルが三つしかない、小さな店だ。昼間は軽食とお茶、夜は酒も出す。半日以上店を開けていないと利益がでないほど経営は難しいけれど、おかげで、遅くなった仕事帰りに食事を取れる店を捜していたこの人に出会えた。 「ん……ウィスキーもらおうかな、ロックで」 「え――?」 思わず聞き返してしまったのは、ハボックさんの言ったことが聞こえなかったからじゃない。 「すみません」 「いや……」 謝ったぼくに、ハボックさんも決まり悪げに目を伏せた。 何度も通ってもらっているうちに、ぼくらには暗黙の了解ができていた。ハボックさんがウィスキーをロックで頼むとき――それは、彼が失恋したときなのだ。 可愛い彼女ができたと、とても嬉しそうに報告してくれたのは、つい最近のことなのに。 ハボックさんのことを慕っているぼくだけれど、その気持ちを伝えて彼に迷惑をかけることはしたくなく、ただ、ハボックさんが嬉しそうな顔をぼくに向けてくれるだけで、それ以上は望まないから、彼に幸せになって欲しかった。 「どうぞ」 ぼくはウィスキーのグラスを、ハボックさんの前に置いた。ハボックさんのしっかりとした指がグラスを掴み、揺らす。 「実はな、セントラルへ異動になることが決まった――お前さんとも、お別れになるな」 「え……そう、なんです、か」 異動? お別れ? ……もう、会えない? 「残念だな、の美味いメシが食えなくなるなんて」 ハボックさんがグラスを傾け、大きめの氷がふちに当たってカランと音を立てる。その音で、ぼくは気を取り戻した。 「セ、セントラルってことは、栄転なんじゃないですか? おめでとうございます」 少しどもってしまったけれど、なんとか言えて、ぼくは微笑みで取り繕った。 「向こうで新しい彼女作ればいいだろうって上司に言われたけど、まったくなぁ……」 「そう、ですね……ハボックさんなら、セントラルでもきっと……すぐに素敵な女性に出会えますよ」 「そううまくいくといいんだがなぁ」 笑い飛ばしてしまおうとするハボックさんに、ぼくもなんとか微笑みながら、ハボックさんのためだけに用意しておいた食事を出した。「やっぱお前さんのメシは美味いなぁ」と言いながらハボックさんはきれいに平らげてくれ、来たときと同じように、扉についた鈴を軽く鳴らして出て行った。 男のぼくが、ハボックさんの隣にいられないのは承知していた。でも、ときどき同じ時間を共有することくらいなら、許されると思っていたのに。 この店を捨ててぼくがセントラルへ行けば、ハボックさんの傍にいられるだろうか? いや――そんなことをしたって、彼の気持ちは手に入らない。ぼくのこの思いも――なにかと引き換えられるものじゃない。 (この世界は、等価交換なんかじゃない) ぼくはハボックさんが残したグラスを手にとって、泣いた。 空が落ちた日///大総統キング・ブラッドレイ (エロ・ムリヤリ系につき注意!) 「どうして……どうして、あと一週間、待っていてくださらなかったんですか、ヒューズ中佐……」 夜明け前、たどり着いたそこで、ぼくは呟いた。薄明かりのなかで、ぼんやりと浮かび上がる冷たい石の前で。 「今日から、ぼくはあなたの正式な副官として戻って来れたはずなのに……」 イシュヴァールの殲滅戦の直後に士官学校を卒業したぼくは、ヒューズ中佐のもとで、たくさん勉強させてもらった。一年前、実務を経験するために南方司令部へと異動になったけれど、きちんと結果も出せて、再びセントラルへと戻れることになっていた――ヒューズ中佐の副官として。 「ヒューズ中佐――准将だなんて呼びませんからね――あなたの敵は、きっとマスタング大佐が取ってくださるでしょう。だからぼくは――あなたの遺志を継ぎます。あなたが調べて、あなたが見つけて、あなたがマスタング大佐に伝えられなかったことを、ぼくが伝えます。ぼくを止めたいなら……そんなところにいないで、その石の下から出てくることですね」 昇ってきた朝日がはっきりとその石に刻まれた名前を照らす前に、ぼくはその場をあとにした。 情報の引き出し方は中佐に教えてもらった――考え方も、たぶんぼくがいちばん受け継いでいるだろう。だからヒューズ中佐が調べていた文献を探れば、ほかの人には見出せなかったなにかが見えてくるはずだ。 新たな配属場所への辞令をもらうために司令部に出頭する時間までには、まだ間がある――ぼくは中央図書館へ向かった。 開いていない時間でも入る方法――これはぼく独自で取得したものだ。『軍がヤバイ』という言葉を、中佐は残しているという。ならば、ぼくがしていることは、軍の誰にも見つからないようにしなければいけない。 中佐が最後に調べていた文献のタイトルのいくつかはすでに把握してた。そのなかのひとつ、イシュヴァールの殲滅戦についての記録を手に取り、隅の書棚の陰へと移動して、それを捲り始めた。 「なにか調べ物かね?」 突然かけられた声に、ぼくの心臓は飛び上がり、手から本がすべり落ちた。そんなに熱中して読んでいたわけじゃない。なのに足音にも気配にもまったく気づけなかった。しかも、この方は―――― 「は、はい、閣下! 少々、調べものを……」 「そうかそうか、勉強熱心なのは、良いことだ」 大総統が一歩足を踏み出し、コツンと床に小さな音が響いた。 「きみは確か、ヒューズ准将の副官になるはずだった――」 「はい! ・。階級は大尉であります」 「そうか、そうか。大尉。ヒューズ准将は残念なことをしたね」 「は――」 残念なこと――ヒューズ中佐の死が、たったそれだけの言葉で片付いてしまいそうで、ぼくはうまく返事ができずに目をそらせてしまった。 だから、気づかなかった。 「だが――」 その瞬間、空気が変わったことに。 「余計なことを嗅ぎまわるのは感心しないな、くん」 「え――」 一瞬にして、そうほんの一瞬で、ぼくの目の前に、大総統はいた。その左目は眼帯に隠されているのに、すべてを見通され射抜かれているようで、身体が一歩も動かせなかった。 「な…? 閣下――んんっ!」 いきなり腰を引き寄せられたかと思うと、大総統の唇がぼくの唇を塞いでいた。息苦しさに少し口を開くと、そこからすかさず大総統の舌が滑り込んできて、口腔をさぐられる。頭が、身体が、まるで痺れていくようだ。 「ん――や……」 必死で大総統の身体を押し戻そうとしたけれど、腰にしっかりと回されている腕がそれを許さない。 ようやく開放された口で、ぼくは必死で呼吸を繰り返す。 「閣下……やめて、くださ……」 「どうしてだね?」 耳元で囁かれた低く冷たく鋭い声に、ぼくはまた身体の自由を奪われる。大総統の右手が、ぼくの身体の上を這い回ってゆく。軍服の上から、その中身を確認するかのように、ゆっくりと撫で上げられる。もどかしい刺激に、逆らえない。 「ああ……んっ!」 「いい声だが、誰かに見られてもいいのかね?」 急に現実に引き戻され、羞恥が増す。けれどそれは身体の熱を上げることにしか繋がらなかった。 「も、もう、やめ……」 ぼくの膝からは力が抜けていき、大総統へと寄りかかってしまう。 次の瞬間、腰に回されていた腕もなにもかも、消えた。ぼくはガクリと膝を崩し、みっともなく床へ倒れこんだ。 「今日はここまでにしておこうか」 頭の上で、ぼくを蔑んでいる冷たい声が聞こえる。そして、コツリと聞こえた靴音が止まった。 「ああ、そうだ――大尉。きみはわたしの秘書室へ配属になっているよ」 その言葉を残し、今度は止まることなく靴音は遠ざかっていった。 冷たい床がほてったままの身体に心地よかったけれど、このまま倒れているわけにもいかない。ぼくはなんとか上半身だけ起して、書棚に寄りかかり、呼吸を繰り返した。投げ出されたぼくの足先に落ちているのは、先ほどまで手にしていたはずの本。それに手を伸ばす気力はもう欠片も残っていない。 (なにが、起こったんだろう――) ぼくの瞳から溢れたものが乱された青い軍服に染みをつくっていく。 「ヒューズ中佐……助けて」 ぼくの祈りは、もうどこにも届かない。 ドキドキのあのひと///デニー・ブロッシュ 「あ! ロス少尉……いま、アームストロング少佐と話してるのって確か――」 アームストロング少佐の大きな背中の向こうに、彼と話している人影を見つけ、ブロッシュは尋ねた。 「南方司令部から来た……確か、大尉よ。知ってるの、ブロッシュ?」 「やっぱり。この間少佐と一緒に街区の視察に行ってましたよ。ああ、そうか。ロス少尉が非番のときだったですね」 「そういえば、しばらく警備の研修をされる方がいらしゃると聞いてたけれど、あの方が……」 「物腰も柔らかくて、いいとこのおぼっちゃまって感じですよね。あーゆー人はモテるんだろうなぁ。羨ましい――」 会話の先で、少佐の背中が揺れ、話していたその相手の姿が露になる。柔らかそうな薄茶の髪をさらりと流し、緑色の瞳を楽しそうに輝かせている。長身の少佐の前ではとても細く小さく見えるが、たぶんブロッシュより少し低いくらいだろう。 大尉は、自分を見ているロスとブロッシュに気づき、微笑んだ。 慌てて姿勢を正して敬礼をしたふたりに、彼も敬礼を返す。その指先まで優雅に決まってるなぁとブロッシュは思うのだった。 顔だけ振り返ってそのやりとりを見たアームストロング少佐が、大尉に二、三告げると、彼はブロッシュのほうとアームストロングの顔を交互に見たあと頷いて、そして去っていた。 「ブロッシュ軍曹! ロス少尉!」 アームストロング少佐に呼ばれ、ブロッシュとロスは駆けつける。 「ブロッシュ軍曹、一時間後に第三応接室で客人を迎えてくれないか? 大尉の客人だから、彼が来るまでお相手しているように」 「は、はい!」 「頼んだぞ。ロス少尉は我輩と来てくれ」 ひとり取り残されたブロッシュは部署へ戻り、仕事を再開した。そして一時間後、言われたとおり第三応接室の扉をノックした。 「失礼します――」 小さなテーブルとソファが置かれただけの狭く簡素な部屋にいたのは、とびきりの美女だった。ウェーブのかかったこげ茶の長い髪をふわりと揺らして、微笑みながら頭を下げた彼女に、ときめかずしてなにが男か。 (めちゃめちゃ好みだ〜!) 「は、初めまして! 自分はデニー・ブロッシュ。軍曹であります! 大尉が来るまであなたのお相手をするように言われて参りました。な、なにかお飲み物など――」 焦りつつもカッコよく見せようときびきびと喋り始めたブロッシュに、美女はゆっくりと近づいてくる。 え? あれ? と疑問に思う間もなく、彼女との距離は初対面の人間がとる間ではなくなり、彼女はスッとブロッシュの胸にその身を寄せた。背の高い彼女の顔がブロッシュのすぐ目の前にあって、そのエメラルドの瞳を隠すほどに長い睫が、恥ずかしげに震えていた。 (こ、こ、こ、これは――『あなたのことお見かけして以来ずっとお慕いしてたんです』パターン!?) 「よかった……」 すぐ近くで囁かれた彼女の掠れるような声にブロッシュの鼓動は限界を超えた。 「あ、あの……! お、お、お、俺――」 ブロッシュが抱きしめようと手を伸ばしたとき、彼女がくるりと後ろを振り向いた。 「どうですか、少佐?」 その途端、この狭い部屋のどこに隠れていたんだという、あのアームストロング少佐の巨体がドドンッと姿を現した。その横には険しい目をしたロス少尉の姿もある。 「え? ……え?」 焦るブロッシュに、好みの美女は緑色の瞳を楽しそうに輝かせた。 「これだけ近づいてもブロッシュ軍曹には気づかれませんでしたから、大丈夫でしょう」 「へ……? え……?」 美女がその長い髪を引っ張ると、その下から薄茶色の柔らかそうな短髪が現れる。 「女性ばかり狙った通り魔事件のおとり捜査をしようと思いまして。本物の女性を使うわけにはいきませんから。ロス少尉、化粧の仕方を教えて頂いてありがとうございました」 「いえ――」 (つまり、これって……このひとって……) 「……大尉?」 呟くようにその言葉を口にしたブロッシュに、目の前の人物は振り返って優雅に微笑んだ。 「ブロッシュ軍曹も、捜査の際は警護をお願いしますね」 「ははは、はい!」 相手が誰だか――男だと解ったのに――ブロッシュのドキドキは収まるどころか最高潮に達していた。 (どうしよう、ショートヘアのほうがめちゃめちゃ好みかも――) 付き合いの長いロス少尉だけが、それを正確に読み取って額を押さえたのだった。 帰りたい約束///アルフォンス・エルリック 「じゃあ、ほんとにいいんだな、アル」 「うん、兄さん。一時間後にここでね」 ひらひらと手を振って、アルはエドと別れた。余所の街では奇異の視線を浴びてしまう鎧姿も、ここラッシュバレーでなら、全身フル装備でカッコイイと思われるだけなので、アルひとりでも自由に歩ける。もう慣れてしまったとはいえ、食事を取る兄の隣で、なにもせずに座っていることに退屈さを感じるときもあり、きょうは思い切ってひとりで過ごすことを決めた。 少し不機嫌そうに振り返りながら去っていくエドの姿を見送って、さてどこに行こうかと、ぐるりと周囲を見回す。やがて歩き出して、細い路地に入ったときだった。 「……アル?」 背後から呼ばれて、振り返った先にいたのは、緑色の瞳が印象的な――青年。兄よりは確実に年上だが、大佐よりはかなり年下だろうと思われる。けれどその青年に、アルはまったく心当たりがなかった。 「アル……じゃ、ないのか?」 もう一度名前を呼ばれ不安そうに見上げられる。 「い、い、いえ! 確かにボクはアルフォンスですけど……」 でもあなたのことは解りませんと口にするのは、さすがに躊躇われた。身体をすべて持っていかれたときに、記憶の一部も持っていかれているのかもしれない。だとしたら――この人のことを覚えていないのだとしたら、それはアルにとっても悲しいことだった。 「アル、フォンス?」 「はい」 再び名前を呼ばれ、返事をする。すると彼は、寂しそうに目を伏せた。 「ごめん……人違い、だ。アルフレッドじゃなかったんだね……」 「あ――」 そうか、そういう可能性もあったのかと、言われて初めてアルは気がついた。 「いいえ、気にしないで下さい」 それで終わるはずの会話だったはずなのに、気がつけばアルは質問していた。 「その……アナタの捜しているアルフレッドさんも、ボクみたいな――その、オートメイルなんですか?」 アルの言葉に、彼が顔を上げてアルを見上げる。 「違う……」 彼はゆるゆると首を振った。 「違う、んだ。アルフレッドは――」 アルの目の前で、緑の瞳がから涙が溢れ始めた。 「あ、あ、あの――」 「ごめん、キミの連れのコが“アル”って呼んでるのを聞いたら、声をかけずにはいられなかった。もしかしたら――って。そんなはずないのに。そんなはず……」 震えている彼の肩に、アルは抑えきれずにそっと手を伸ばしていた。この姿になってから初めて、アルの胸で他人が泣いていた。 「取り乱して、ごめん」 落ち着いた彼と、アルはその場にしゃがみこんで彼――と名乗った――と、いろいろと話をした。 アルフレッドは、のイシュヴァール人の友達だということ。 七年前のあのときから、連絡が取れずにいることが意味することを、自身も理解していないわけではないということ。 「でも……もしかしたらって思ってしまうんだ。どんな姿だっていい、もう一度会えたら――会いたいって、その思いが、なくならないんだ」 「それは、全身ボクみたいな――姿でも構わないんですか?」 「もちろんだよ。こうやって隣で、話ができれば――ううん、話せなくてたっていい、ただ一緒にいられれば……それだけで嬉しいよ」 その言葉は、アルには感じられないはずの痛みを、その感覚を思い出させた。アルにもそう思える相手がいる。もう一度会いたくて、錬成しようとした存在が。でも、この痛みを思い出させる感覚は、それとは違う気がする。 「ありがとう。キミと出会えてよかった」 立ち上がった彼に、アルも慌てて身体を起すと、引き止めるようにをその手を掴んで告げた。 「あの――さん! ボクは捜しているものがあって、それを手に入れたら――ううん、手に入れられなくても、もう一度アナタに会って、聞いてもらいたいことがあるんです。いまはまだ、言えないんですけど……」 「そうか――じゃあ、また会えるのをこの街で待ってるとするよ、アルフォンス」 名前を呼んで――まだ赤みの残る目元で微笑んだ彼を見て、アルフォンスはこの旅の結果がどうなろうとも、どんな姿になろうとも、もう一度に会いに来ようと決めた。 なら、アルフォンスがどんな姿になろうとも受け入れてくれるはずだと思いながら。 |