「黒いコート白いコート」 ///神田ユウ(D.Gray-man)
「お呼びですか、コムイ室長」
ノックのあとに司令室内に入ってきたのはファインダーのコートを着、そのフードを目深にかぶったままの、ほっそりとした青年だった。
「うん――っと、。まだ任務も言ってないんだから、フード取りなさいよ」
コムイの言葉に、青年がそのフードを後ろにはらうと、そのなかから現われたのは東洋人特有の黒い髪と黒い瞳、そして白い肌だ。黒の教団内にはたったふたりしか存在しない日本人のうちのひとり、。
「南イタリアのアクマね、さっき退治完了の報告があったんだけど、神田のコートが破れたらしいから――、新しいの持ってってくれる?」
「はい」
エクソシストのコートは戦闘時における防具代わりとして、かなり頑丈な作りになっている。それが破れたということは、その本体も少なからず傷ついたという意味に他ならないのだが、はなんら顔色を変えることもなく、頷いた。
「あと、これ――次の任務の資料も渡しといて。トマもそのまま連れてって構わないし」
コムイが黒いファイルを差し出すと、は一礼して近づき、手を伸ばした。その手がファイルに触れた途端、コムイは言った。
「それとも――キミが神田と一緒に行きたい?」
ニッコリと笑いながらコムイはを見上げたが、コムイの期待していた動揺は、ファイル越しの指先からも感じられなかった。
「ご命令なら」
あっさりとファイルを受け取って淡々とそう返したに、コムイはちぇーっと不満の声を上げる。
「じゃ、いいや。には本部で働いてもらいたいしね。アレンと一緒に帰って来て」
「解りました」
は一礼すると、再びフードを目深にかぶり、司令室を出て行った。
「まったく……顔色ひとつ変えないんだもん。つまんないよねー」
呟いたコムイは「書類なら詰まりまくってますが」と青筋たてた部下たちに判を迫られることとなったのだが。
病院のベッドの上で、神田はパチリと目を開けるとすこしだけ身体を起した。
「お前か。気配を消して入ってくるな」
室内に入ってきたファインダーがトマではないことは、神田にも解っていた。
「すみません、お休みのようでしたので」
はフードを取ると神田に深々と頭を下げた。
「新しい団服とシャツ、一式をご用意してまいりました」
ベッドの足元に置かれたサイドボードの上に、は用意してきたものを置いていく。
「他には?」
神田は尋ねた。新しいコートが用意されるのは、それが必要な状況に他ならない。
「こちらをお預かりしています」
差し出された黒い表紙のファイルを受け取り、捲る。その一枚目を、神田は凝視していた。
「どうかなさいましたか?」
の問いかけに神田はファイルを閉じて顔を上げた。
「ちょっと来い」
神田が呼ぶと、はベッドサイドに跪いた。間近で見るの、その顔に読み取れる表情はなかったが、目元がうっすらと赤く腫れているのを神田は見逃さなかった。
「――何人死んだ?」
「五人です」
神田の問いに主語はなかった。けれどは正確にそれに答えた。答えられたということは、彼自身が確認してきたということだ。マテールで死んだ、ファインダーの数を。
「神田さま。わたくしたちファインダーはエクソシストの下で命をかけてサポートするのが使命です。その使命をまっとうしたものたちのために、神田さまがお嘆きになる必要はございません」
「――嘆いてなど、いない」
「出過ぎたことを申しました。ほかにご用がなければ、失礼させて頂きますが」
「お前――この後のお前の任務はどうなっている?」
「ウォーカーさまとイノセンスを保護し、帰還するように言われております」
「そうか――行っていい」
神田が頷くと、は立ち上がり、一礼すると静かに室内を出て行った。神田が再び黒いファイルを開くと、その一枚目のページには走り書きでこう記されていた。
『キミのことを心配して泣いてたからを送ったよ BYコムイ』
「俺の前でも泣けないヤツが、お前の前で泣くわけないだろうが」
神田は勢いよくそのページを破り、クシャクシャに丸めて捨てた。
コンコン、とノックの音がして、入ってきたのはトマだ。
「神田殿、コムイ室長からお電話です」
思い切り不機嫌な顔で、神田はその受話器を受け取った。
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「ヤル気の予感」 ///千石清純
それは可愛い女の子が集まるゲームセンターへの近道として使っていた裏路地。千石がその角を曲がって大通りへ出ようとしたときだった。
「妊娠したの――タカシの子よ」
おっと修羅場だ……千石は足を止める。
「そうですか」
答えた男の声は淡々としていて冷静。どう考えても女のほうが分が悪そうだ。
「言うことはそれだけなの? 関係ないなんて言わせないんだから――別れて!」
(へ…?)
千石は驚く。ここは『結婚して!』か『慰謝料払って!』ではないのだろうか。別れたいなら、なにもこんなところでわざわざ言わなくても――そう思っている千石の耳に、再び女の声が聞こえる。
「タカシと別れてちょうだい!」
(……へ?)
再び千石は驚いた。女はタカシという男の子供を妊娠していて、タカシと別れろと男に詰め寄っている。つまり……
「わかりました」
「あらずいぶんあっさりしてるわね。男同士ってそんなもの? ううん、違うわね。あなたがそんなだから、タカシもわたしを選んだのよ!」
勝ち誇ったように告げると、女はハイヒールの音を響かせて遠ざかっていった。
「妊娠してる女性は、ハイヒールなんて履いちゃいけないと思うけどなー」
つい、千石は姿を現してそう口にしていた。そこに残っていた男は――千石よりも少し背は低いだろう、白いシャツに黒いベストといったウェイターかバーテンといったふうな制服を着ていた。気だるげにかきあげた頬にかかる長めの黒髪から覗く顔はとても整っていて、男だというのに千石の目を惹いた。
「きみ……? ああ、妊娠なんて嘘だろうね」
彼は千石に聞かれていたことに驚いた様子だったが、千石の言ったことの意味は正確に理解していた。
「解ってたんなら、なんで言わなかったの?」
「彼女だけじゃないんだ。自称“タカシの恋人”。流石に直接言われたのは初めてだったけど。まぁ、そろそろ潮時かなと思ってたし」
彼は力を抜くように軽く笑ったあと、睫を伏せた――その仕草に釣られるように、千石は口にしていた。
「じゃ、俺と付き合わない? 別の恋がいちばんっでしょ?」
千石の言葉に顔を上げて、彼は楽しそうな笑みを見せた。
「物好きだね」
「それだけアナタが魅力的なの」
スラスラと出てくる言葉は、慣れているからではなくて、真実だからだ。
「それはどうも。でも残念だけど――中学生は趣味じゃないんだ」
悪戯っぽく笑った彼の瞳に、千石は驚きを隠せなかった。自分のどこに年齢がばれるようなものがあったのだろう。すでに制服からは着替えているし、学校指定のカバンも持っていない。どうして――再び顔を上げたとき、彼の姿はもうその路地裏にはなかった。
数日後――都大会の会場で、千石は可愛い女の子を物色する。けれど女子の会場は違うこともあって、あまり千石の目を惹く女の子はいない。
「きょうってほんとにラッキーなのかなー」
「試合前に不吉なことを言うな、千石」
千石の呟きを拾ったのは部長の南で。だがその南は、すでにキョロキョロとなにかを捜しているようだった。
「そっちこそ、落ち着いてないみたいだけど?」
「俺は人を捜してるんだよ。六つ上の従兄弟が急に応援に来るってメールよこしたんでな」
「へー…」
関心なさそうに相づちをうった千石の横で、南が手を振る。
「あー! いた。こっちだ、!」
何の気もなしに、千石もそちらへと視線をやると。
「やぁ、健。久しぶりだね。中学最後の試合なんだから、頑張れよ」
「もちろん」
「ああ――こっちは、健のチームメイト? 初めまして」
初めましてと口にした彼の瞳には、千石が最後に見た悪戯っぽさが漂っている。
(まさか、こんなラッキーがあるとはね…)
「初めまして! さん? なに? まさか……南なの?」
話しながら、千石はすでにこの幸運をモノにする方法を考えていた。
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「再会」 ///はたけカカシ(NARUTO)
「たかだかふたりの賊にやられるとは、お前も人の子だねェ……天才だと思ってたけど」
目が覚めたらいた綱手になにも返せる言葉はなく。
ぼーっとしたままのカカシを置いて、綱手もガイに煩く促されて病室から出て行った。ひとりになったカカシは上半身を起し力を抜いたまま――どこを見るともなく、唐突に言葉を発した。
「そんなところでひとりで泣いてないで、姿を見せてよ」
そのカカシの言葉に応えはなく、もし誰かこの場にいたのなら、カカシが独り言を発したと思っただろう。沈黙は長く続いたわけではなかったが、決して短い時間でもなかった。
そのとき突然に音もなく、カカシのベッド脇に暗部の面をつけた忍者が現れた。小柄で細身の――顔を見ることができないからはっきりとは解らないが――青年。
『――泣いてなんかいませんよ、カカシ先輩』
暗部特有の、お面越しのくぐもった声が答える。わざと不明瞭にされてしまっているその声は、本来ならとても柔らかくて心地よく響くのだとカカシは知っている。
目線すら動かすことなくぼーっとした姿勢のまま、カカシは再び言った。
「……イタチには、会えた?」
『――すみません、ガイ上忍の要請で集められる人数で追跡しましたが、見失いました。深追いするのは、いまの里の状態からして好ましくないと思われたので、全員撤収してます』
「そう、会えなかったんだ…」
『カカシ先輩――ヤツは同胞殺しの抜け忍です。そういう言い方はやめてください』
「でも……会いたかったでショ? の分隊長だったんだし」
カカシは変わらず動くことなく、ぼーっとなにも映していないような瞳のまま淡々と呟いた。
『昔の話です。いまは違います。イタチを見つけたら――戦いますよ。ぼくなどでは敵わないのは承知していますが』
暗部面をつけた青年もベッド脇から動くことなく、静かにそう答えた。
「殺されたいの?」
『許せないだけです』
「きみを連れて行かなかったから?」
『カカシ先輩――!』
青年が声を荒げた――その一瞬の隙をついて、カカシの手が動いた。
「やっぱり、泣いてたんじゃないの」
青年がつけていたはずの暗部の面はカカシの手の上にあり、その顔があらわになる。まだあどけなさの残る優しい瞳――もう五年は暗部にいるはずなのに、その目付きが変わることもなく。
「返してください――」
顔を背けて弱々しく呟く彼の表情は、赤い目元と相まって、いまにも泣き出しそうだった。
「ヤだね。無理に忘れようとしたって無理なんだから、いい加減俺ンとこ来なさいよ」
「厭です」
カカシの言葉を、青年は打って変わった強い調子で否定した。
「――なかなか目を覚まさなくて、こんなに人を心配させる人のところになんか」
え――? と声を発する間もなく、カカシの手から暗部の面は消えていて、青年の立っていた場所にはなんの痕跡もなかった。
「あ……。ひょっとして、またしくじった、かな……?」
カカシの呟きは、今度こそ誰もいない病室で独り言として響いた。
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all re-updated 05/3/30