「2/14」     ///日吉若 <連載主人公番外編>


「悪い、桃城! 待たせた!」
 14日の昼休み――ぼくは青学の校舎脇の駐輪場で待っていてくれた桃城に声をかけた。
「いいっすけど、先輩、そのカッコ……」
 桃城にそう不審がられるのも当然。なにしろぼくは、この青学の敷地内で氷帝の制服を着ているのだから。
「わー! 乾から聞いてるだろ? なにも言わずに、氷帝学園まで!」
 説明の仕様がないこの事態を、乾の名前を出すことでぼくは誤魔化した。実際、乾がどう桃城に頼んでくれたのか、ぼくは知らない。ただ、この計画を乾に話したら、俺も協力させてもらうと言ってくれて――そして次の日、『アシを用意しておいたよ』不敵に笑っただけなのだから。
「そうでしたね。そのために荷台つきの自転車も借りてきましたんで、しっかり掴まってください。飛ばしますよ!」
 頼む、とぼくは鞄を肩に掛け、桃城の自転車の後ろに乗った。
「すごい……ホントに10分で着いた……」
 氷帝学園の、正門からすこし離れた場所で自転車が止まったとき、時計を見てぼくは驚いた。
「さ、待ってますから、早く行ってきてください。リミットは25分ですよ」
「ああ、すぐ戻るよ!」
 桃城をその場に残し、ぼくは氷帝学園の正門をくぐる。そこで待っていたのは、この計画の立案者である、鳳。
「こっちです、さん! よかった、早かったですね。日吉はいま部室にいます。さっき確認してきました」
「ありがとう――いろいろ、悪いな」
 鳳に案内されながら、ぼくはテニス部の部室へと急ぐ。
 そう、今回の計画――学校内で若にチョコレートを渡す――ために。
 鳳だって、きっと冗談で言い出したことだと思う。自分でも、その……バカだって解ってる。でも、校内でチョコを手渡すのを思い浮かべたら――きっとそんなことができるのもこれが最後だしと思ったら――どうしてもやってみたくなって。
「ここです。呼んで来ますね」
 鳳が開けた扉の向こうには、テニス部員らしき生徒が何人か見えた。でも――若の姿は見えなかった。
「あれ…? すみません、宍戸さん。日吉いませんか?」
「ああ? さっきお前がニヤニヤしながらこっから出てったあと、ヤツも出て行ったぞ」
 どこいったんですか、知るか、と言った会話が聞こえてくる。
「いいよ、鳳」
 ぼくは鳳の背中に声を掛けた。この広い敷地内で、たった一人の人物を探すのは難しい。ここに来るまでにすでに結構な時間を使ってしまっていて、渡しても言葉を交わしたらすぐ帰らなければいけないくらい、時間は残されていなかった。午後の授業に間に合うように――ぼくはともかく――桃城を帰してやらなければいけないのだから。
「これ、鳳の分。あと、よかったらテニス部のみんなの分も……たくさんもらってて、いらなかな?」
 肩に掛けていた鞄から、ぼくは包みをふたつ取り出して鳳に手渡す。
「そんなことありません、さんのお菓子は美味しいから、みんな喜びますよ! ……日吉の分も、俺が預かりましょうか?」
 鳳の申し出に一瞬心が揺らいだけれど、ぼくは首を振った。
「いいよ、帰ってから部屋に持ってく」
 そうでした、隣でしたねと笑う鳳に頷いて、ぼくは一人で帰れるからと桃城の待つ場所へと向かった。
 戻ってきたぼくになにも聞かず、桃城は再び青春学園への道を全速力で漕いでくれた。
 桃城にもお礼を渡して、ぼくは午後の授業を終えると、料理同好会へ顔を出した。
 いつだって渡せるのに、なぜこんなに残念に思うのか――学校というシチュエーションに拘ってしまう自分を情けなく思う。
 落ち込んで、後輩に任せたままぼんやりと座っていただけのぼくは、突然開いた扉にも気づかなかった。
「じゃあ、ちょっと、会長は借りてくよ」
 急に腕を掴まれて立ち上がらされて――驚いて顔を上げると、そこにいたのは乾だった。
「なに、乾? どうしたんだ?」
「いいから、。早く帰る支度して」
 乾はぼくの鞄を持って、訳の解らないぼくを引き摺るようにして連れて行く。
「ちょ、ちょっと、乾?」
「ほら」
 下駄箱の前で自分の鞄を差し出されて、仕方なく受け取ると、ぼくに鞄を渡した乾の手が、すっと動いた。その指の示した方向を見ると、門の向こうに、ガードレールに浅く腰掛けて俯いているブレザーを着た生徒がいて。
「わか、し……」
「ほら、行った行った」
 乾へのお礼もそこそこに、ぼくは走り出した。
 どうしようぼくは――やっぱりとてつもなく幸せです。

































「2/14」     ///鳳長太郎 <連載主人公番外編>



 それはまだ鳳が一年で、ぼくが二年だった二月十四日のこと。
 ぼくはまだ跡部と同じクラスではなかったが、それなりに親しいことはすでに知れわたっていて、ぼくは同じクラスの女子数人から跡部宛のチョコレートを預からなければいけない事態となっていた。
 その嫌な役目をさっさと終らせるべく、授業終了後すぐに跡部のクラスへ向かったのだが、あいにく跡部は早々に他の女生徒に呼び出された後だった。
 跡部がどこにいるのか解らない上に、渡している女子の邪魔をするのは気が引ける――仕方なくぼくは跡部が確実に来るであろうテニスコートへ向かうことにした。
先輩!」
 背後から掛けられた声は、すでにぼくには馴染んだものだ。
「鳳……すごいな」
 振り返ったぼくは鳳の手にしているものに目を奪われる。
 肩から下げられているラケットバッグはいつものことだが、その両手には大きな紙袋が四つ。持つだけでも大変そうな紙袋はどれもぎっしり詰まっていて、上部からピンクや赤の可愛らしいリボンがはみだしている。
「さすが、レギュラーは違う」
 昨年の秋に三年生が引退し、跡部が部長になってから、鳳はめきめきと頭角を現した。そして、とうとう一年ながら正レギュラー入りを果たしたのだ。
 ただでさえ長身でルックスも人あたりもいい鳳がモテないはずはないだろうとぼくも思うが、それに氷帝テニス部の正レギュラーという地位も加わったのだからその人気も当然だろう。
「そういう先輩こそ」
 鳳の視線がぼくの手元へと向けられる。けれどぼくは手に持った紙袋を掲げて笑ってみせた。
「跡部宛だ。ぼくのじゃない。跡部に渡すように頼まれたんだ」
 ぼくももらっていないわけではない。明らかに義理、跡部へ渡すお礼のような小さいものなら受け取った。だが……あとはすべて断った。
 好きな人がいるんですか――ぼくが断ると決まってそう聞かれた。
 違うと、そう答えるしかなかった。好きなのかどうか――まだ解らない。いや、好きになってはいけないのだから、このまま自覚したく、ない。
「同じです。俺のもほとんどが跡部部長宛ですよ。あと忍足先輩のもありますね」
「そうなのか? でも鳳だってもらっただろう?」
「ええ、まぁ…」
 答える鳳は珍しく浮かない様子を見せた。
「なんだ? 嬉しくなさそうだな。チョコレートは嫌いなのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど、どうも俺の場合、みんな面白がってチョコくれるみたいで」
「面白い? なにが?」
「…俺、今日が誕生日なんです」
 諦めるように呟いた鳳の言葉に、ぼくは驚く。もちろんその日に産まれる人間がいて当然なのは理解できるが、実際お目にかかったのは初めてだ。
「そうか…知らなかったよ。誕生日おめでとう、鳳。言葉だけじゃなんだしな、なにか欲しいものはあるか? さすがに今日は無理だが」
「……じゃあ、来年」
「え?」
 満面の笑みで告げられた言葉が一瞬理解できず、ぼくは聞き返してしまう。
「来年の2月14日に、先輩だけは、バレンタインじゃなく俺の誕生日のためだけにプレゼントくれませんか?」
 一年後の約束。それは来年も、鳳と一緒にいられることを意味していて――それに気づいたぼくは柄にもなく動揺していた。
「いい、けど……で、なにが欲しいんだ?」
 必死で平静を装って尋ねたぼくは、鳳の真っ直ぐな瞳とその口から告げらた言葉に、固まる。
先輩が」
 ドクンと、心臓が鳴った音が聞こえた気がした――ぼくだけじゃなく、周囲にまで。
「先輩が――いいと思うものでいいですよ」
 フウッと、身体から力が抜けた。勘違いした自分が、ひどく恥ずかしくて――惨めに思えた。
「そっか、考えておく」
 そう言ってその話を終わらせ、ぼくはテニス部の部室へ跡部宛のチョコを押し込むようにしてその場を去った。
 鳳の言葉を聞き間違えたことで、自分の気持ちをはっきりと意識してしまったのだが――まさかその数ヵ月後に「あのときだって、本当に欲しかったのはさんでしたよ」なんてベッドの上で言われるような関係になるなんて――そんな、嬉しい誤算も、まぁ悪くないと思う。

































「2/14」     ///手塚国光   <連載主人公番外編>



「なんか、変」
 帰りに寄ったコンビニで、可愛いラッピングのお菓子が並ぶ棚を見つけて、オレはリョーマに聞いてみた。
「ああ、あれ? バレンタイン用のチョコレートだよ」
 バレンタイン用のチョコレート――というのは初めて聞く。
「日本のバレンタインは、違う…?」
「そ。アメリカじゃ恋人同士でプレゼント贈りあうけど、日本じゃね……チョコ渡して感謝を示す日らしいよ。ほら……だからみんなたくさん買ってるし」
 リョーマに指されたほうを見ると、確かにレジにいる女の子は五個くらい同じラッピングのチョコレートを購入していた。
「そっか……じゃあ、オレも、リョーマに」
「くれるの? ありがと」
「あと、おじさんと、おばさんと、菜々子さんに」
 言いながら、オレは棚のなかで目に付いた落ち着いた茶色のパッケージのチョコを手に取る。
……もうひとつ、買いたいんじゃない?」
 リョーマの言葉に、オレはドキッとした。ゆっくりと振り返ると、リョーマは笑っていた。
「部長に、あげたいんでしょ?」
 リョーマはなぜか手塚のことを嫌ってるみたいで、オレが手塚と一緒にいるのを快く思ってなかった。だから手塚にあげたいなんて知ったら、きっと怒ると思ったのに。
「いいの?」
「イヤだけど……があげたいなら、いいよ」
「ありがと、リョーマ。大好き」
 オレはいつものようにリョーマの頬にキスをすると、リョーマはとても嬉しそうに笑ってくれた。
 だから、バレンタインの当日、こんなことになるなんて思わなかった。
「すみません、先輩。勝手なお願いなんですけど、手塚先輩にはなかなか渡しにくくて……手塚先輩に渡してもらえませんか?」
「いいよ」
 廊下を歩いていたオレは知らない女の子から手塚へのチョコを預かったんだけど、ひとつ預かったら、次々と女の子たちから頼まれてしまって、持つのがやっとなくらいになってしまった。
 でも、嬉しかった。やっぱり手塚はみんなから尊敬されて、感謝されてるんだ。
 なんとか全部を抱えて、オレはテニス部の部室へ向かう。
「はい、手塚。すごいね、たくさんもらえて」
 部室には手塚しかいなくて、オレはテーブルの上に預かってきたものを全部を並べた。
……なんで勝手にもらってくる」
 手塚は、不機嫌だった。
「手塚、怒ってる……」
「怒ってはいない。呆れているだけだ」
 呆れてる? こんなにたくさん感謝されてるのに?
「チョコレート、嫌いだった?」
「そういう意味じゃない。……もしかして、これがどういう意味か、解ってないのか?」
「知ってる。だからオレも手塚の分、用意したけど、怒るからあげない」
 チョコが入ったままの鞄を掴んで、オレは扉へと向かう。
「待て――!」
 背後から急に右腕を掴まれ、強い力で引き寄せられた。
「すまなかった、――俺は、その……お前の気持ち以外、受け取りたくなかったんだ」
 手塚はなんだかひどく言い難そうにしていて、そんな手塚を見るのは珍しいと思った。
「でも、手塚がみんなに感謝されるのは、嬉しい」
「感謝……?」
「チョコ渡して、感謝を伝える日だって」
 オレが言うと、また手塚の眉間に皺がよった。
「……それを教えたのは越前か?」
「うん。リョーマね、手塚に渡していいって、言ってくれた。リョーマ可愛い、リョーマ大好き」
 手塚はますます不機嫌そうにオレを見下ろしていた。
 でも、この不機嫌の理由なら、ちょっと解かる。オレは手塚へと向き直ると、空いている左手をその首へ回して、背伸びをした。
「Lovin’ you」
 チュッと軽く音を立てて手塚の唇にキスすると、手塚は――意外なことに、あかくなった。
 初めて知った。手塚って、可愛いかもしれない。

































「おはようと言う前に」   ///観月はじめ <連載主人公番外編>



「時間ですよ、。そろそろ起きなさい」
 優しく響く弦楽器のような綺麗な声で、ぼくの朝は始まる。
「ん……」
 今朝も――観月くんは先に目を覚ましているどころか、すでに制服に着替えて、身支度もすませていた。目覚ましのベルで起こされるのを嫌い、時計も音のしないデジタルのものを使う観月くんが、どうやっていつもいつも、ぼくより早い時間に目を覚ましているのか――不思議に思うのと同時に、その観月くんが身支度している音にも気づかず寝続けている自分が恥ずかしい。
「おはよう、観づ――は、はじめ、くん」
 慌てて言い直したぼくに、観月くんは微笑む。
「まだ慣れないんですか」
 一週間前――寮を出るためにまとめた荷物を、そのまま観月くんの部屋に運ばれた日。
――同じ部屋で生活するのに、これだけは守ってもらいたいことがあります』
 初めて入った観月くんの部屋でそう切り出されて、ぼくは不安になった。観月くんが望むことならどんなことでも守りたいと思うのだけれど、それがぼくにできないことだったらどうしようかと。
 ぎゅっと両手を握り締めたぼくに、観月くんは――すっかりぼくを見惚れさせた笑顔で、こう言ったのだ。
『ぼくのことを、“はじめ”と呼びなさい』
 驚いた――笑顔に見とれていたのもあるけれど、告げられたその内容に、ぼくはしばらく動けなかった。
 だって、ほんとに、そんなこと、その……ぼくが――いいんだろうか?
 呆けていたぼくは、「聞こえてますか、?」と言われ、反射的にコクコクと頷いた。その間に「解りましたね」と言われ、そのまま頷いていて――そしてぼくは、“はじめくん”と呼ぶことになったのだ。
 確かに、無理難題というわけではないけれど、ぼくにとっては難しいことだった。だって観月くんはずっと、ぼくにとって憧れの“観月くん”で――もちろん観月くんの名前が“はじめ”だということは知っていたけれど――やっぱり“観月くん”なのだから。
「ごめん、なさい」
 でも……そんな観月くんの、たったひとつの要求にも応えられないなんて。どうしよう、観月くんに呆れられて、ここから出て行けと言われてしまうかもしれない。
「謝らなくていいですよ」
 うな垂れるぼくに、優しい観月くんの声が降ってくる。
「別に“観月くん”のままでもよかったんですけどね。でも、いまから慣れておかないと、将来的に困るのはあなたですから」
「将来……、困る?」
 観月くんが言った意味が解らなくて、ぼくは聞き返した。
「困るでしょう、? あなたも“観月”になるんですから」
「えっ? ……ええっ?」
 えっと、あの、えっと……どうしよう、もっと解らなくなってしまった――ひとり焦りまくるぼくに、観月くんは淡々と告げた。
「あなたはぼくが好きなんでしょう?」
 それは――もう隠すことでもない真実だから、ぼくは大きく頷いた。
「だったら。あなたがぼくと一生、一緒にいられる方法を考えるのが、ぼくの役目じゃないですか」
「一生、一緒……?」
「ええ。養子縁組をして、家族になるんですよ。嬉しいでしょう?」
 知らなかった――観月くんが、そこまでぼくのことを考えてくれていたなんて。
「うん……嬉しい。どうしよう、すごく嬉しい……はじめくん」
 初めてどもらずに口にできたその名前に、悠然と微笑み返してくれたぼくの憧れの“観月くん”は、そのときから――ぼくの大事な“はじめくん”になった。


*自分的お題「誓い」*
































「放課後時間」     ///日吉若 <連載主人公番外編>



「わぁー、氷帝の教室、やっぱ広いー。ね、どこが若の席?」
 すっかりはしゃいで、ぼくは後ろにいる若に聞く。
 あれから――家に帰るつもりで、ふたりで並んで歩き出した。氷帝のレギュラージャージを来た若の横を、氷帝の制服を着たままのぼくが歩くのは、なんだか少し変な……くすぐったいような感じがして、つい何度も若のほうを見てしまった。そんなぼくに気づいて「どうした?」と尋ねてきた若に、ぼくは――つい本当のことを答えてしまった。
『なんかほら、一緒に下校してるみたいで、その……嬉しい、なって』
 口にしてから、呆れられると思って慌てたのだけれど、若は、不機嫌な様子を見せることもなく「だったら、学園に行ってみるか?」と言ってくれたのだ。日曜でも生徒のために学園は開放されているし、氷帝の制服を着ているから、自由に見てまわれるぞと。
 若の口からそんな言葉を聞いて、ぼくが断るはずはなく。
「あそこが若の席なんだ。座って、座って」
 学園に入って、真っ先に連れてきてもらったのがここ――若の教室だ。窓側から二列目、前から四番目という若が指した席へ向かうと、若を座らせる。もちろんぼくと若のほかには誰もいない。静かで――窓の外、運動部の練習の音がほんの少し聞こえてくるだけ。
 はしゃいでいるぼくと違い、なんでこんなことをするんだという顔をしているけれど、若はぼくが頼んだ通り、椅子を引いて座ってくれた。
 ぼくは――誰の席かは知らない、窓側の前から四番目の椅子を引いて、座る。
「……こんなふうにさ、同じクラスで隣の席になってみたかった。同じ学校だって、無理なんだけど」
 見たこともないこの席に座っている誰か――ううん、若のクラスメイト全員が羨ましい。なんでぼくは、もうちょっと遅く産まれてこなかったんだろう。
「なぁ、。なんで青学に行ったんだ?」
 不意に――本当に突然の質問にぼくは驚いてしまって。ただ若の顔を見返していると、若がすっと目を伏せた。
「言いたくないなら、いい」
 誤解させてしまったことに気づいて、ぼくは慌てて告げる。
「言いたくないんじゃなくて――ええっと、聞いたら若、呆れるよ」
 ぼくの言葉に、若が顔を上げた。ぼくが好きな真っ直ぐな瞳で、ぼくを見る。
「聞いてみなければ解らないだろう」
 確かにそうだけど、でもきっと呆れる。だけど、言いたくないわけじゃないことは、解ってもらわないといけない。若に、隠し事はもうしたくない。
「えーっとね、その……迷ってくれないかな、と思って」
「どういう意味だ?」
「姉さんのいる氷帝と、ぼくの行った青学と、どっちに行こうか、ちょっとでも若が迷ってくれたらいいなって」
 聞きたいって言うから答えたけど、やっぱり。
「……やっぱり、呆れただろ?」
 伺うように覗き込むと、若は軽くため息をついた。
「呆れたというより、訳がわからない。もともと氷帝のテニス部に入るつもりだったんだから、迷うわけがないだろう」
「そう……だよね。解ってたんだけど、なんていうかさ、ちょっとでも若が――ぼくと同じ学校に通いたいって思ってくれたら、いいなって」
 最後のほうは小声になってしまったけれど、自分でも信じられない。こんなに素直に、自分の気持ちを口にできるなんて。この場所と、着ている制服のせいだろうか。
「だったら――」
 立ち上がって、若が言葉を切った。
 ぼくが座っている机に片手をついて、ぼくを見下ろす。
「俺は、氷帝の高等部へ進む。――先に、行っててくれないか?」
 これがもし、ぼくの見ている夢だったとしても構わない。
 だって――それでも嬉しいから。
「……うん」
 捕らわれたように若に見惚れらなら、ぼくは小さく頷いた。
 若を、好きでいてよかった。

*自分的お題「誓い」*


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all re-updated 07/6/8