「Happy Birthday 10/19」     ///柳生比呂士


「おー、柳生。門の前にすっごい美人のおねーさんが立っとるよ。お前も見んしゃい」
 放課後のホームルームが終わった後、仁王が教室の窓から身を乗り出すようにして柳生を呼んだ。
「興味ありません」
「見たほうが、ええと思うけどのう…」
 冷たい答えを返した柳生に、仁王がなにやら意味ありげな口調で笑う。
 仕方なく近付いていって、柳生は窓の外を見た。校門の前に確かに、茶色のスーツを着て長い黒髪を揺らした女性が立っていた。だが、こんな遠くては美人かどうかも――――
「……帰ります」
 柳生は眼鏡のブリッジを押し上げながら呟いた。
「おう、先生によろしくな」
 やはり仁王も、その人物が誰なのかに気づいていたらしい。だがなにも言わずに、柳生は急いで教室を後にした。
「なにやってるんですか?」
 門へと駆け寄った柳生は有無を言わさず相手の手首を掴むと引っ張っていく。人気のない近くの公園まできて、柳生はようやくその手を離して不機嫌そうに睨みつけた。
 相手はそんな柳生の態度を気にする様子などまったくなく、にっこりと微笑む。
「迎えにきただけよ。きょう比呂士くんの誕生日でしょう? 奢ってあげる。プレゼントも、なんでも好きなもの買ってあげるわよぉ」
「止めなさい、その気持ち悪い話し方」
 なおも冷たく、柳生は言い放つ。途端に、相手の表情も口調も変わった。
「だって仕方ないじゃん。立海の生徒にバレたら困るだろ?」
 キャリアウーマンのような格好をしているくせに、子供のように口を尖らせる。まったく、仕方のない人だと思いながら、柳生はため息をついた。
「だったら、こんなところまで来なければいいでしょう」
「……じゃあ、帰る!」
 プイッと顔を背けたと思ったら、柳生に背中を向けて歩き出す。
「待ちなさい」
「命令するな」
 間髪入れずにそう返してきた相手は、止まる気配を見せず。
「待ってください、さん。お願いします」
 柳生がそう言い直すと、彼は足を止めて振り返った。
「そうだね。お願いされたら、聞かないとね」
 にっこりと微笑みながら、ゆっくりと柳生のもとへ戻ってくる。動くたびに、その長い髪が揺れた。
「なぁ、そんなに似合わなかったか?」
 身長差は十センチ。それを尋ねる相手の瞳は自然と上目遣いになっていて。
 柳生は眼鏡のブリッジを押し上げながら顔を背けた。そして、呟く。
「……そうでないから、困ってるんです」
 彼が美形なのは知っていたが、女性の服を着てカツラをつけて薄化粧をしただけで、こんなに美人になってしまうのは問題だ。
「よかった。これなら比呂士くんと腕組んで歩いてたって普通に見えるだろ?」
 その言葉に、柳生はため息を漏らした。結局、そういうことなのだ。この人がこんな格好をした理由は。
「帰りましょう」
「え?」
 驚いている相手をまっすぐに見下ろしながら、柳生は告げる。
「その姿も素敵ですが、わたしはいつものあなたの姿のほうが好きです」
 沈黙のあと、突然彼の手が伸びてきて、柳生の頬を思い切りつねった。
「痛っ! なにするんですか?」
「ホントに比呂士くん? あの仁王のヤツじゃないの…?」
「では、証明しますよ」
 そう言って、柳生は彼の腰に左腕を回すと、右手をその頬にかけ、唇を寄せる。
 触れ合わせるだけのつもりが、抑えきれなくなった。
 思いの外、深く熱く、その唇を求めてしまう。
「やっぱり、比呂士くんじゃないみたい……」
 ゆっくりと離されたあまい唇から、漏れる囁きもあまい。
「紳士の仮面、とれてるよ」
「あなただけです、さん――」
 そう言って、柳生は再びその唇を求めた。

































「Happy Birthday 10/4」     ///跡部景吾 <連載主人公番外編>


 十月三日、午後十一時。
 すっかり夜も更けたこんな時間に、突然鳴らされたチャイム。開けた扉の向こうに不機嫌そうに立っている跡部景吾。もちろん、約束をした覚えはない。
「あ……、うん。いらっしゃい」
 驚いていて、そんな迎え方しかできなかった。でもぼくにだって『なにか用か?』なんて言わないだけの分別はある。あと一時間後がなんの日かなんて、イヤというほど知っているのだから。
 でも、だからこそ、なぜここに景吾がいるのかは――やっぱり驚かずにいられなかった。
「――ああ」
 景吾は低く呟いて、部屋に入ってきた。そのままリビングへ向かうと、ソファへと腰を下ろす。
「なにか、飲むか?」
「いや」
 あっさり否定されてしまい、することがなくなる。仕方なくぼくは、跡部の隣に腰を下ろし、テーブルの上に広げていたテキストやノートを閉じ始めた。
「……邪魔したか?」
「いや、急ぐものじゃない」
 重ねてテーブルの端に置くと、もう本当にすることがなくなった。
 なんでここに来たんだろうという思いがぐるぐると頭のなかを駆けめぐる。でも、さすがにそれを口にすることはできない。
 来ると知っていたら、ケーキのひとつでも用意しただろうか――いや、景吾がそんなものを喜ぶとは思えない。現に、散々迷ったあげく、ぼくは景吾へのプレゼントを選ぶことすらできなかったのだから。
 どうしたら景吾を喜ばせられるのか、それ以前に、どうしたら失望されずにすむのか――考えても考えても、答えが出せないときがある。
 一年前、それに耐えきれずにぼくは逃げ出した。
 でも。
 だからこそ。
 もう一度、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
「景吾……」
 なんでもできて、手に入らない物はなにもない景吾が、いま、ここにいることを望んでくれたのなら。
 自分も同じ気持ちであることを、伝えたい。
「朝まででいい。傍に……一緒にいてくれないか?」
 掠れてしまったけれど、はっきりと言い終えて、顔を上げる――景吾と目があった瞬間。
「っわ――!」
 そのまま押さえ込まれるように、ぼくはソファへ倒れ込んだ。
「やっと言ったな、
 ぼくの肩を押さえ込んだ景吾が、まっすぐにぼくを見下ろしていた。
「もっと言えよ。なんでも叶えてやる。俺はお前の、わがままが聞きたいんだよ」
「え――……」
「誕生日なんて、意味のねぇもんだと思ってた。急になにかが変わるわけでもねぇ。だがひとつ歳を取るってことは、それだけやれることが増えるってことだ。俺は――、お前の望むこともなんだって叶えられる男になってやる」
「景吾……」
 お前の望むことも、と景吾は言った。自分のためだけではなく、でも相手のためだけでもない。そんな生き方ができるのなら。
「そうだね……とりあえず、きみにいちばん最初に『おめでとう』を言いたいかな」
 ぼくの言葉に、景吾が軽く舌打ちをする。
「どうせなら、もっと色っぽいわがまま言えよ」
 近付いてきた影に、ぼくは微笑みながら目を閉じて、両腕を伸ばした。

































「Happy Birthday 10/7」     ///手塚国光 <連載主人公番外編>


「ひどいシワ」
 差し出されるプレゼントの数々を断って、ようやく教室に入った手塚が言われた言葉がそれだ。
「いつもだ」と返すと「いつもより、だよ」と、その黒い瞳が笑顔を作った。
 実際、よく笑うようになったと思う。
 初めて会ったときは、整った顔立ちには生気が感じられず、人形のようだったのに。
 リョーマで占められていたの世界を、広げたのは手塚だ。だが逆に、他人を認識できるようになったせいで、知らない人間が怖いらしく、外では時折不安そうな様子も見せる。人が多い場所ではなおさらに。
 こればかりは、少しずつ慣れていくしかないし、無理に慣れる必要もないと手塚は思う。
 認識した相手とは十分に意思の疎通はできるようになったし、が心を許す相手が増えて、彼の笑顔を見られる人間が増えるのは、手塚としても面白くない。
「もっと嬉しそうな顔して」
 手塚の腕に触れてくる、優しい手。
 最近はラケットを握る機会が多くなったせいで、だいぶ堅くなってきたが、むしろそれが嬉しい。手塚の微かな苛立ちに気づいて、慰めようとしてくれていることも。
「別に……誕生日は嬉しいものではないがな」
 手塚がそう答えると、まっすぐに見上げてくる黒い瞳が揺れた。
「嬉しい、よ? 国光が産まれた日で――生きている日だ」
 寂しそうな声に、手塚は自分の言葉が足りなかったことを悟る。
「そうだな、産まれてきたことに感謝はしている。だが、10月7日という日が嬉しいのではなく、その日を祝ってくれる相手がいて、その相手と一緒にいられることは、嬉しいと思う。――きょうは遅くなっても大丈夫だな?」
 そう口にした途端、手塚の脇でガタガタッとなにかが倒れる音がした。見れば大石が、周囲の机を巻き込んで倒れている。
「やっ、えっと、あの……ててっ、手塚にプレゼント持ってきたんだけど、その――邪魔したな、ごめん」
 慌てている大石に近付いたのは、手塚ではなく。
「大石、けがしてない?」
 近寄られた大石が真っ赤になっているのが手塚にも見て取れた。
 大石のこともすでに友達と認識しているのだが、大石のほうはにまっすぐ覗き込まれるのに、いまだに慣れないらしい。慣れてもらっても困るが。
「大丈夫、大丈夫!」
 慌てて立ち上がった大石が、手塚に少しつぶれた小さな袋を差し出してくる。
「じゃあ、手塚。これ」
 女生徒からのは断るが、友達からのは別だ。
「すまないな。使わせてもらう」
 受け取った手塚の傍に、彼が戻ってくる。手塚がもらった物が気になるらしい。
 手塚は袋を開けて、中身を取り出して見せた。
「ガット」
 丸いケースを見て、彼はそれを言い当てる。
「……消耗品だからね。お互いに必要なものをあげることにしてるんだ」
 復活した大石がそう説明した。
「必要なもの――……」
 考え込むように俯いてしまったに、手塚は言う。
「考えなくていい。なにもいらない。が俺の家に来てくれれば、それでいいんだ」
 ガタガタンッ! と、再び机を巻き込んで大石が倒れた。顔を真っ赤にして「お邪魔しました〜」と走り去る。
「大石、変」
「そうだな」
 大石の背中を見送りながら、手塚も同意する。
「うん、じゃあ行く。彩菜おばさんのご飯、美味しいから楽しみ。南次郎おじさんにちゃんと遅くなるって言ってきた」
「そうか。朝からはりきっていたからな、お前が来てくれないと俺が怒られる」
「国光のバースデーパーティするのに、国光を怒るはずないよ」
 手塚にすれば、ただこのあと手塚家で行われるパーティの話を普通にしていただけなのだが、そのあとすぐに『手塚がプロポーズした』という噂が校内に広まっていた。
 手塚はそれに気づいたが、大石を責める気にはならなかった。むしろその後、女生徒からの呼び出しがなくなり、プレゼントよりもありがたいと思ったのだった。

































「Happy Birthday 10/15」     ///忍足侑士 <連載主人公番外編>


(侑士のプレゼント、どうしよう……)
 その日も朝からずっと、ぼくはそのことについて悩んでいた。
 氷帝テニス部レギュラーの誕生日を知るのなんて簡単で、もちろん知ったときからぼくだって侑士にあげるプレゼントをなににするか考えていた。
 あれ以来、少しだけだけれどモデルのバイトもさせてもらって、自分で稼いだお金もあったし。
 二ヶ月くらい前の撮影のときにつけたカシミアのマフラーのさわり心地がとてもよくて、スタイリストさんに聞いたら、ぼくがつけた白以外にも濃いブルーがあって、見せてもらったそれは侑士にとても似合いそうな色だった。
 だから店頭に並び始めたそのマフラーをすぐに買って、ちゃんとプレゼント用に包装してもらって、ずっと家に置いてあったんだけど……ぼくを混乱させているのは、少し前にあった、テニス部部長の跡部景吾の誕生日のせいだった。
 その日、女の子たちが渡していたプレゼントは、珍しいバラの花束とか、オリジナルの香水とか、限定品の時計とかアクセサリーだったから。
 女の子たちから聞こえてきたのは『インパクト勝負!』という言葉だった。  確かにぼくも、タオルとかリストバントとかだったら役に立つだろうし、たくさんあっても困らないだろうなって思ったけど、でもせっかくだから、もっと特別な物をあげたいって思ってたのは事実。
(マフラーって、やっぱり地味かな……)
 これなら、その――学校にもつけてこられるし、ぼくが選んだ物を侑士が身につけてくれたら嬉しいなと思ったんだけど、侑士が気に入るかどうか解らないし、それに――ぼくが買ったマフラーは普通に店頭に並んでいる、ありふれたものだ。
(なにか違う物を用意したほうがいいのかな、でも――)
 正直、バイト代はもうあまり残っていない。プレゼントが買えるだけのお金が稼げればいいと思って、あまり熱心にやったわけではなかったし、それに、その……実は、同じマフラーの白いのも一緒に買ってしまったんだ。こっちはプレゼント用じゃなくて――自分用に。
 自分のを買っていなければ、まだなにか別の物を買うくらい出来たのかもしれないけど、でもいまさら返しに行くわけにもいかないし。
(どうしたらいいんだろう……)
 ぼんやりと校舎に入り、教室へ向かっていたぼくは、廊下を曲がったところで人にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい! ぼんやりしてて――」
 謝ってから、そこにいたのが誰かに気づいて、ぼくは驚きのあまり声をあげてしまった。
「あ、あ、跡部くん!」
 名前を叫んでしまったぼくを、鋭い瞳が睨みつけるように見下ろした。
「気をつけろよ。ん? お前、どこかで……」
 まっすぐに凝視されて、思わずぼくは後退ってしまう。でも、次に聞こえてきた言葉がぼくをほっとさせた。
「ああ、忍足の」
「え…? ああ、うん、同じクラスだけど――」
 まさか跡部景吾が自分のことを知っているとは思わなかったけど、そういえばテニスコートにも何度も行ったことはあるし、侑士とは一緒に下校したりもしてるから、そのせいだったのかとようやく気づけた。
 そのとき突然、ぼくの頭のなかに閃いたものがあった。
「あ――あの、跡部くん! 突然だけど、誕生日に貰ったプレゼントで、いちばん嬉しかったのってなんだった?」
「はぁ?」
 跡部くんは眉を顰め、不機嫌そうにぼくを見下ろした。
「ごご、ごめん! いきなり変なこと言って! 忘れて――」
 いくらなんでも、本当に唐突過ぎた。慌てて逃げようとしたぼくの腕は、急に強い力で掴まれてた。
「待てよ」
 腕を強く引かれ、怒られると思いつつも、掴まれていては逃げることもできず、ぼくは恐る恐る振り返った。でも、そこにいた跡部景吾は――にやりと笑った。
「俺は、物なんかより、その日一緒にいられたことがいちばん嬉しかったがな」
「一緒に……」
「ああ、傍にいてって言われんのは、嬉しいもんだぜ」
 そういえば――女の子たちが言っていたのを聞いたかもしれない。朝、プレゼントを渡すために跡部くんの家にいったけど、家にはいないって言われたって。
(じゃあ、誰かと一緒にいたってこと……? でも、誕生日に一緒にいた相手って、その――)
「頑張れよ」
 再びにやりと笑って、跡部くんは行ってしまった。
 驚いた。まさかこんな質問に、ちゃんと答えてくれるなんて。
 跡部くんに彼女がいるって話は聞いたことなかったけど、でも、いまの答えってきっとそうだ。
 それをちゃんと答えてくれるなんて、意外といい人なんだなと思いつつ教室へ向かおうとして、気づく。跡部くんに、お礼も言ってなかったことに。
 慌てて彼を追おうとして、ぼくは再び腕を掴まれた。そこいた相手に、ぼくはまた驚いてしまう。
「――侑士!」
! 平気なん?」
 突然そう言われても、意味が解らない。
「え……?」
「いま…、跡部おったやん。、絡まれてたんと違うか?」
 少しだけ、侑士の息が荒い。ぼくが跡部くんに腕を掴まれているのを見て、慌てて来てくれたんだ。
「違うよ。跡部くんは、その――ぼくの、相談にのってくれてただけで」
「相談? 跡部が相談?」
 そんなことするわけがないという疑いの眼差しに探られて、ぼくが嘘をつけるはずもなく。  結局、ぼくは白状するしかなかった。跡部くんに『貰っていちばん嬉しかったプレゼントはなにか』と尋ねたことを。
「え、あ――……」
 流石に侑士も、ぼくがなんのためにそれを聞いたか解ったのだろう。すこし決まり悪そうに、目を逸らせた。
 でももうここまできたら、変に隠そうとせず、この勢いで言ってしまったほうがいいだろう。
「そ、それでね。できれば、でいいんだけど。その――誕生日の前の日、ウチに……泊まりにきてくれないかな?」
 誕生日の日は学校があるから、ずっと一緒にいられないし。当日はきっと女の子たちからいっぱいプレゼントを貰うだろうから、それを持ってウチに来てもらうのは大変だろうし。
 それに――せっかく用意したプレゼントを、学校で渡すより、二人きりで渡したい。
 そう思って、ぼくは侑士に泊まりに来て欲しいと言ったのだけれど、侑士はなんていうか……その、ひどく驚いたようにぽかんとぼくを見下ろしていて――途端に、頬を真っ赤に染めた。
「あー…、その、? 跡部に、なに言われたん?」
「え? 跡部くんは、その……物より、一緒にいられたほうが嬉しかったって」
「一緒に? ああ、そうなんか――」
 跡部のヤツ人騒がせな…と呟いて、侑士が深くため息をつく。
 なんだろう、ぼくはなにか変なことを言ったんだろうか?
「あ、ちゃんとプレゼントも用意してあるよ。気に入ってもらえるかどうかはわからないけど……」
「いやいや、そういう意味ちゃうん。俺が勝手に勘違いしただけや。遠慮なく、行かせてもらうな」
「ホント?」
「ああ、楽しみやわ」
 よかったとほっとしつつ、侑士と一緒に教室へ歩き始めて、気づく。
 ぼくは跡部くんに『なにを貰ったら嬉しかったか』を聞いただけだ。でも跡部くんが答えてくれたのは『恋人になにをもらったら嬉しかったか』で、しかもその去り際、ぼくに――「頑張れよ」とまで言った。
(もしかして、跡部くんは、ぼくと侑士のこと知ってる――?)
、どないしたん? 顔、真っ赤やで」
「え? ううん、なんでも――」
 侑士に顔を覗き込まれて、慌てて首を振ったけど、侑士は誤魔化せなくて。
「やっぱり、跡部になんか言われたんと違う?」
「いや、その跡部くんは……でも、その……」
 関係ないとはっきり言い切ることもできず、結局、ぼくは一時間目の授業をさぼることになってしまった。
 その……侑士と一緒に。

































「屋上未来計画」         ///越前リョーマ <連載主人公番外編>



「ぼんやりしすぎ」
 頭上から掛けられた声に顔を上げると、そこにいたのはもちろんリョーマで。
「ごめん」
 すぐ目の前に立っていたことに気づかなかったことに、ぼくは謝った。
 昼休みを屋上で一緒に、と約束していたんだけれど、来てみたらまだリョーマはいなかったから、ぼくはフェンスを背にさっき渡されたばかりのプリントを眺めていたんだ。
「なに、それ?」
 隣に座って尋ねてきたリョーマに、ぼくは手にしていたプリントを見せる。
「……進路調査票? なにこれ?」
「うん、もう三年だからね。このまま高等部に進学するか、他校を受験するか、志望を先生に提出するんだよ。外部受験するなら、選択授業も変わってくるし」
、外部受験するわけ?」
「解らない。正直、自分の将来って漠然としてて、考えられなくて。リョーマは――もうプロになるって決めてるの?」
「別に決めてるわけじゃないよ。強い相手がいるところに行く。それだけ」
 やっぱり――簡潔で力強い返事が、すごくリョーマらしい。
「あー、ぼくもちゃんと考えないとなぁ……」
 この話はもうお終いにして、お弁当を食べようと思ったのだけど。
「漠然とってことは……考えてるんじゃないの?」
 驚いてリョーマを見ると、ぼくの目を覗き込んでニヤリと笑う。
「ねぇ、教えてよ」
「それ、は――……」
 もちろん、ぼくもまったく自分の将来のことを考えたことがないわけじゃない。リョーマに指摘されたとおり、漠然とだけど、興味のある職種がある。でも――ぼくにできるかどうか解らなくて、恥ずかしくて誰にも話したことはないんだ。
「俺には聞いておいて、自分のは話さないなんて、ずるいよ。ねぇ、?」
 大きい瞳でそうやって見つめられると、逃げられなくて困る。でも、リョーマの言うとおり、彼のことだけ聞くのは、確かにずるいとも思う。
「……笑わないって約束するなら」
「もちろん!」
 大きく頷いたリョーマに、ぼくは小さい声で告げた。
「――先生」
 リョーマは、笑いこそしなかったけど、ただぼくをじっと見返すだけで。
「やっぱり、ぼくには向いてないよね。ゴメン、忘れて――」
「向いてる、と思う。でもヤダ。毎日大勢の生徒に囲まれてるなんて危ないじゃん。小学校……もダメ。幼稚園なら、なんとか……あ、父兄とかいるか」
「ちょ、ちょっと……リョーマ? なに言ってるの?」
「先生になったらさ、他のヤツラに笑顔見せるってことでしょ? を取られたら困るって言ってるの」
「なに言って――そんなことあるわけないよ」
 リョーマの言葉があまりにもバカバカしくて、ぼくは笑い出してしまう。
 見る見るうちにリョーマが不機嫌になって、ぼくを睨んできた。
「そんなこと言ったら、リョーマのほうが大変だよ。プロになったらあっという間に有名人で、ファンもいっぱいできて――ぼくなんか近づけなくなるよ」
 口にして――気づいた。そう、それが現実なんだって。リョーマはすぐ強くなって有名になって、マスコミに囲まれ、女性ファンに追いかけられることになる。
 そうしたら、ぼくは――――
 俯いてしまったぼくの手に、そっと触れてきたのは、温かく硬い指先。
「心配しなくても、俺は心変わりなんてしないよ。そうだ――ねぇ、。俺のマネージャーになればいいじゃん。決まり」
「な――心配なんてしてない! それに人の将来を勝手に決めるな――」
 抗議したぼくの手を、リョーマの手が掴んで持ち上げる。
「俺とずっと一緒にいられるんだよ。嬉しくない?」
 そう言うと、リョーマはぼくの指先にチュッと軽いキスをした。
 ぼくは慌ててその手を引っ込めた。俯いている頬が熱い。きっと紅く染まっているに違いない。だっていまは昼休みで、ここは屋上で――ぼくたちのほかにも生徒がいるのに。
 こんなところで――と怒るべきだったのかもしれない。でも、ぼくの口から出たのは違う言葉だった。
「……考えておく」
 リョーマと一緒の未来を考えるのは、悪くないのかもしれない。

*自分的お題「未来の話」*


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all re-updated 07/12/19