the short meeting     ///コイゴコロ番外編




 軽いノックのあと、返事を待たずに病室の扉は開けられた。
「起きてたか、?」
「ん、ああ、跡部。今日は部活は?」
 ベッドの上で軽く顔だけを扉のほうへ向けて、は答えた。
「第二金曜――オフだ。ま、もともと行ってないがな」
 言いながら、跡部はベッドのほうへ近づく。
「CTは正常だったらしいな。肋骨と打ち身と擦り傷と――全治三週間ってところか。まぁ四、五日もすりゃあ、通常生活に支障はねぇだろうがな」
「退院は?」
「お前がよければ、明日にでも」
 跡部の言葉に、は複雑な表情をして、窓のほうへ顔を背けた。
「やっぱり鍛え方が足りないのかな。その程度で気を失うなんて、恥ずかしいよ」
 不満そうに呟いたに跡部はクスクスと笑い出した。
「そんなこと気にしてんのか、お前? 脱臼は骨折られるより痛ぇんだから、仕方ねぇだろうが」
「え、そうなの?」
「まぁ、俺もやったことはねぇから知らねぇが、そうらしいぜ。あいつは俺が無理でもお前が高値で売れるって踏んでたみたいだからな、目立つ傷をつけないつもりだったんだろ」
「それは……喜んでいいんだか悲しんだほうがいいのか分からない情報をどうも」
 は皮肉気に返し、ベッドの上に身体を起す。跡部は黙ったまま手を貸し、起き上がらせると、静かにベッドから離れ、窓際へ近づいていった。ゆっくりと、跡部が閉められていた窓に手をかけた。
「あいつらの背後関係が割れたが、聞きたいか――?」
 跡部はに背を向けたまま、そう告げた。開けられた窓から午後特有の温く柔らかい風が、室内に吹き込み、跡部の髪を揺らしているのを、はぼんやりと見つめながら答えた。
「いや、いいよ」
 跡部がに聞いたのが、どういう意味なのか気づかないわけはない。
「相応しい対応は、そっちでしてくれるんだろう? ぼくは、なにもしたくないよ。ぼくに関係ない世界に余計な首を突っ込む無駄な時間はないね」
 振り返った跡部に、はニッコリと笑って見せた。
「なーんて、ベッドの上で言えたセリフじゃないけどなー」
 楽しんでいるに、跡部も気を抜いて笑い出す。
「まったく……ホントにやつらはモノの価値を知らない人間だったな」
「……ああ、そういえば、身代金が安すぎだって、怒ったんだって?」
「怒ってねーよ。呆れただけだ。俺様に一千万っぽっちの値をつけやがって」
「米ドルだろ? 受け渡しするんなら重量的にそのあたりが限界じゃないのか?」
「いまどき札を手渡しでって考えるほうがバカなんだよ」
「それは、確かに」
 笑うに、跡部はからかうように告げた。
「ま、そんな俺の態度が、鳳は気に入らなかったみたいだがな」
 鳳の名前を聞いたが微笑む。それは、いままでの笑みとは違って、歳相応の子供の笑みだ。
「それは――仕方ないだろう。鳳には悪いけど、余裕がなきゃ冷静な判断はできないからな。ぼくだって、跡部の代わりにさらわれたんだって気がついたとき『なんであんな不遜なツラしてるやつと間違えられなきゃいけないんだ』って思ったら、気が楽になったからな」
「フン。俺様のツラがなんだって? 聞かなかったことにしておいてやるよ。こっちはお前がさらわれたって聞いたときには、目の前が真っ暗になったってのに」
「嘘つくなよ。ぼくなんかいなくなっても痛くも痒くもないくせに」
 の言葉に、跡部はニヤリと唇の端をあげると、ベッドへ近づいた。
「そんなことないぜ――」
 の顎に手をかけて上を向かせると、ゆっくりと顔を近づけていく。その唇と唇の距離が、あと五センチというところで、はスッと間に手を入れてそれを阻んだ。
「どういうつもり?」
 声音は静かだったが、真っ直ぐに見つめる瞳は怒気を含んでいる。
「俺は男は趣味じゃねぇが――こんなことでお前をモノにできるんなら、いますぐにでもやれるってことだよ。残念だったな、お前が女だったら鳳になんて――いや、誰にだって渡さねーよ」
 の瞳から怒気が抜ける。
「……女に産まれなくてよかったって、いま心の底からそう思ってるよ」
 言いながら嬉しそうに微笑むは、いま鳳のことを思っているに違いないと、跡部は確信する。身体を離し、再び窓際に寄りかかると、跡部は聞いた。
「まったく……参考までに聞いておきたいんだが、鳳なんかのどこが、俺様よりよかったんだ?」
 はいつも微笑みを浮かべている。
 のことを優しいだの綺麗だの評する人間が多いのもそのせいだと跡部は知っている。
 けれど跡部には、その微笑は能面のようにしか見えなかった。その瞳の奥は、まるで笑っていないと気づいていた。
 けれど、あるとき気づいた。そんなが、ただひとりの人物に対してだけ表情を変えることに。
 ふと、窓の外を見ると、門から玄関までのアスファルトを一直線に走ってくる人影が見えた。あの様子だと、授業が終わったあとそのまま走ってきたのだろう。
「決まってる――」
 の声に視線を戻した跡部は、その笑顔に見とれた。
「余裕なんて、ないところだよ」
 の言葉に、階段を駆け上がり数分もしないうちにここにたどり着くであろう鳳の姿が跡部にも容易に思い浮かんだ。
「確かに、それは俺様にはねぇな」
 言いながら、跡部はドアへと向かう。
――」
 ドアに手をかけて、跡部が振り返った。
「なに?」
「すぐに面会謝絶になるぜ」
 それだけ言って、跡部はすぐに病室を出た。跡部の言葉を聞いたの笑顔をこれ以上見たら、後悔することになると、解っていたから。




*あとがき*   なんかちょっとエロっぽい雰囲気のものが書きたかったらしいです(笑) 鳳が出てこない鳳ドリってと思ってボツにしたネタなのですが、やはり書きたかったので書いてしまいました。