ホンマの気持ち? 2



「ワイ、遠山金太郎言いますねん。よろしゅう、よろしゅう!」
 金太郎に遅れること十数秒、四天宝寺の金太郎係ことがその場にたどり着いたとき、すでに金太郎は越前を呼び止めた後だった。
「なんか用?」
 冷たく答える越前をものともせず、金太郎は大はしゃぎで近付いていく。
「すましちゃって、勝負やコシマ――」
「待ってや、金ちゃん!」
 慌てて手を掴み、金太郎を振り返らせる。
「なんや。お前の言うたとおり、試合終わらせたやん」
 不満そうに口を尖らせる金太郎を、は諭す。
「せやけど、みんなの試合はまだ終わってへんよ。ちゃんと応援せなアカンて」
 けれどそれで素直にうんと言う金太郎ではなく。
「いやや、! ケンヤの言っとったコシマエやで! せっかく東京に来たんや! めっちゃ戦いたいわぁ!」
「俺かて、金ちゃんの気持ちはよう解る、けど――」
 ブンブンと大きく左右に首を振る金太郎を見ては、の気持ちも揺らぐ。
 謙也から何度も越前のことを聞かされて、楽しみにしていた姿を傍で見ていたのだ。
「せやったら、ええやろ? 空いてるコートで野試合したってええやん!」
 口をへの字にして、大きく見開いた目でを見上げてくる金太郎――その願いを叶えてやりたいとは、も思うのだが。
「……金ちゃん、アカンて。お願いやから聞いてや」
 金太郎が本気で試合をやったら、どういうことになるかが解っているだけに、承知するわけにはいかない。
 まして相手は、これから対戦する予定の学校の選手なのだし。
「いややったら、いやや! ワイ、やるもんねー!」
「金ちゃん……」
 ほとほと困り果ててどうすることもできずにいたの前で、突然伸びてきた手が、金太郎の頭を思い切り叩いた。
「応援せんと、なにんこと困らしとんのかなぁ、金太郎?」
「白石ぃ――」
 金太郎は恨めしそうに、自分の頭を凹ませるほど叩いた、包帯の巻かれた手とその人物を見上げる。
「仲間の試合くらいちゃんと見なアカンでぇ、金ちゃん」
 どうしたらいいか解らずにいたは、白石の登場に正直ほっとしたのだが、やはり金太郎は白石の言葉も素直に聞く様子はなく。
「いやや」
「アカン!」
「いやや」
「アカン!」
 そんな応酬が続いたあと。
「しゃーないわぁ」
 そう言って白石はスッとその瞳を細めて金太郎を睨むと、左手を掲げその包帯をするすると解きはじめた。
「げげぇ〜、包帯を! ち、ちょっとタンマ! 毒手いやや〜!」
 金太郎は身体を震わせながら、両手両足をバタバタと振り、全身でその行為を拒絶する。
「金ちゃんは、死にたいん?」
 その静かで凄みのある白石の言葉が決定打だった。
 ブンブンと首を振った金太郎は、さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように大人しくなってしまった。
「なぁ、金ちゃん。いまやってる不動峰戦に勝てば、次は青学と試合や」
 金太郎の消沈ぶりが可哀想になり、ついはそう声をかけてしまう。
 白石がやれやれといったふうにため息をついたが、に続いて言った。
「せや。コシマエたちのいる青学と当たるでぇ。金ちゃん、あのアリーナコートで、コシマエと試合できるんやで」
 ふたりの言葉に、文字通り金太郎は飛び跳ねた。
「ホンマか! よっしゃ、応援や!」
 そして来たときと同じく、すごいスピードで駆けていく。
「お騒がせしてしもたな」
 解いた包帯を巻き直しながら青学に声を掛ける白石の横で、も青学の生徒にペコリと頭を下げてから、仲間が試合しているコートへと戻るために歩き始めた。
「なんや、浮かない顔やなぁ。そんなに金ちゃんに試合させたいんか?」
 隣を歩く白石の声音は、呆れているようでも、からかっているようでもあった。
 けれどには、それに反論する気力はない。
「やっぱり俺ひとりやったら、金ちゃんのこと抑えられへん……」
 金太郎にいちばん懐かれているからと、自然と金太郎を宥める係になっていただが、最近では金太郎の我が儘にどうすることもできなくなり、こんなふうに白石に治めてもらうことも多くなってしまった。
「俺も、白石みたいに、金太郎に対する切り札みたいなモン、ないとあかんのやろか……」
 なにか金太郎が恐がりそうなものを、漫画を読んで研究したほうがいいのではないかと、が本気で考え始めたときだった。
「あったら困る思うで」
 あっさりと白石はそう答える。
「なんで?」
 思わずは足を止めてそう聞き返した。
 同じく白石も歩みを止めて、に向き直って静かに話し始める。
「金ちゃんのアレは、ホントのところ、に甘えとるだけや。俺のゆうこと聞くんは、怖いからやろ? でもホンマにイヤやったら、金ちゃんの性格なら俺んことも倒して逃げとる。なんかあったとき、って逃げ場があるから、俺に従っとるだけや」
「そう、なんか……?」
 言われてみれば確かに、本当に本気で嫌がる金太郎を止められる人間は、この世にいないような気がする。
「そうや。まぁ言うなれば、俺ら、金ちゃんの厳格なおとんと、優しいおかんてとこか」
 ふむふむと感心して白石の言葉を聞いていただったが、いま、とてつもなく引っかかることを口にされたような気がする。
「待て。それってその――」
「もちろん、おかんはジブンな。なんや、そう考えると俺ら、もうとっくに夫婦みたいなもんやな」
 あはははと、楽しそうに笑う白石に、その通りだと承諾する気はさらさらない。
「アホいいなや! 毒手なんてウソやて、金ちゃんにばらすぞ!」
 は白石の左手を指しながら、叫ぶ。
 もちろん嘘がばれて金太郎が抑えられなくなったら困るのはも同じなのだが、これ以上白石が変なことを言い出さないよう、引いてくれれば、それで充分だったのに。
 白石は包帯の巻かれた自分の左腕を眺めたあと、その指先をそっとに近づける。
……俺なぁ、毒手ホンマに使えるんなら、金ちゃんやのうて、ジブンに使うわ」
「なな、なんで!」
 もしかして白石は本当は、殺したいほどのことが嫌いだったのかと思ったら、うっすらと目に涙が浮かんできた。
 けれど白石の口から告げられた答えは、さらにを驚かせるものだった。
「決まっとる。好きな子ほど、手元に閉じこめておきたいやん」
 言われたことを理解するまでに数秒かかったが、理解してさらに動けなくなる。
 そんなの頬に、白石はその左手の指をそっと触れさせた。
「俺から逃げられんよう、ちょっとだけ触れてんこと弱らしてなぁ、食事から風呂から、なんでも俺が面倒みるで」
「――へへへ、変態っ!」
 慌てて後退ったを追って、スッと白石が身を寄せる。
「そおや、俺はただの変態やで。のこと好きな、な」
 そうの耳元で囁きながら、両腕のなかにすっぽりとの身体を入れてしまう。
 抵抗できない。
 白石の視線、声、体温――そのどれもがを熱くさせ、どうしていいか解らなくさせる。
 目を開けていることすらできず、そのまま引き寄せられるように白石の胸に身をよせてしまったときだった。
「もちろん、エッチかて完璧にのこと満足させたるわ」
 の腰に置かれていた白石の手が、スッとの中心を撫でた。
「や――っ!」
 声にならない声をあげ、は白石を突き飛ばしていた。
 は力なく、その場にぺたりと座り込んでしまう。
 体中の血液がバクバクと激しく流れていて、頭が沸騰している気がした。
 なにが起こったのか解らない。なにも考えられない。ただ、訳のわからない感情が溢れていて、どうすることもできずに、はぽろぽろと涙を零した。
「あー! 白石ぃ! なにのこといじめとんねん!」
 突然、聞こえてきたのは金太郎の声。
 顔を上げると、白石に飛びかかっている金太郎の姿が見えた。
「いじめてへん、いじめてへん。ちょっとしたスキンシップや」
 四天宝寺が試合しているコートまでは、まだ距離があったはずなのに、一瞬で駆けてきたらしい。
いじめたら、白石でも許さへんでぇ!」
「はいはい」
 のために白石にくってかかっている金太郎の姿を見て、の気持ちも落ち着いてくる。素早く自分の目許を拭ってから、は金太郎に声をかけた。
「違うて、金ちゃん。おおきに。ちょっとつまずいてビックリしただけや。白石は悪ない」
 振り返った金太郎に、とりあえず思い浮かんだ言い訳をして、にっこりと笑って見せる。
 すると金太郎は白石との姿を交互に眺めたあと、両腕を頭の後ろで組んで、ふわぁっと大きなあくびをした。
「……なんや、心配してソンしたわ。フーフゲンカは犬も食わんっちゅーやつか」
「きき、金ちゃん!」
 金太郎の言葉に焦ったのは、だけで。
「ほな、はよせんとケンヤと銀の試合、終わってまうで!」
 金太郎はそう言い残すと、来たときと同じくダッシュでコート前へ戻ってしまった。
 この短い時間に、いったいなにがおこったのか――ぼんやりと座り込んだままのの前に、差し出される白石の右手。
「行こうや、
 を見下ろす、柔らかい微笑み。
「……俺たちもはよ応援せんと、金ちゃんに怒られてまうな」
 も笑顔でその手を取って立ち上がる。
「驚かせてもうて、堪忍な」
 立ち上がった瞬間、静かに囁かれた声。
 は白石と繋がっていた手を離すと、その手でパンッと白石の手を叩く。
「白石は悪ないて、ゆうたやろ」
 素早くそれだけ言うと、「お先!」と白石に背を向けて駆けていってしまった。
 その顔が真っ赤になっているであろうことは、見なくても白石には解ってしまう。
 くすくすと楽しそうに笑いながら、白石もそのあとを追って歩き始めた。
「あーあ、そんな可愛いことするから、いじめたなってまうんやで」
 そんな不穏なことを口にしながら。




*あとがき*   リクエストいただいたので、調子にのって続きを書いてしまいました。白石はちょっと黒かったりするといいと思います。