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〜幕間〜 「不確かな未来をただじっと抱きしめる」続き
その後、冷やかされつつも空けてもらった席で、ロイはエプロンを外したと一緒に食事を取った。体調が良かったらしい奥さんが店に姿を現したので、食べ終えたふたりは早々に家に帰らせてもらった。
軍服から着替えたロイが居間へ降りると、がお茶を入れているところだった。 その背中を嬉しそうに眺めながら、ロイはソファに腰を下ろした。振り返ってロイの姿を見つけたはふたつのカップを手に持ち、近づく。ひとつをロイの前に、もうひとつをその隣に置いて、もロイの隣へと落ち着いた。 ロイの腕は自然とへと伸びて、その身体を抱き寄せていた。 「マズイ茶で残業なんてことにならなくてよかったよ」 引き寄せられるままにロイの腕のなかに身体を預けていたは、伝わってきた振動からロイがなにか喋ったのだと気づき、ゆっくり顔を上げる。 ロイはその瞳に自分のくちびるが見えるように少しだけ身体を離して、の柔らかな髪へと指を絡めた。 「ありがとう、。司令部のマズイ茶で残業になるかと思ったが、ここでこうしていられるんだ――鋼のにも感謝しないとな」 ロイはもう片方の手をカップへと伸ばし、の入れてくれた紅茶を口にする。茶なんて喉が渇いたときに飲むものだから飲めればなんでもいいと思っていたが、と暮らし始めてから、その考えは改められた。が自分のために入れてくれるお茶は、もちろん以前ロイが口にしていたものと香り、風味、温度もすべて違うが、なによりそのお茶を口にすることで穏やかな気持ちになり、落ち着くことができるのだと知った。それはもちろん、隣にいるの存在も大きいことだったろうが。 カップをテーブルに戻してへ視線をやると、その瞳には続きを聞きたいという色が浮かんでいた。 「列車がテロリストにのっとられたと言うのは聞いたんだったな?」 が小さく頷く。 「そののっとられた列車に、鋼のとその弟が同乗していたんだよ。おかげで彼らが駅に着く前にテロリストたちを捕まえてくれていてね。われわれがやったのは、捕まえられた犯人の護送だけですんだというわけだ」 ハクロ将軍一家のことは蛇足だろう――ロイは簡潔にそう事件を説明した。 が胸ポケットからメモ帳とペンを取り出す。そこにサラサラと書かれた言葉は『兄弟に、ケガは?』だった。 「彼らも無傷だよ。彼らはまだ子供だが、その錬金術はかなりのものだからな。お礼にの入れた茶でも飲ませてやろうかと思ったが、男と茶をする趣味はないと断られたよ」 もちろんあの場では断られると解った上での申し出だった。もし承諾されても、ブレダ少尉にでも入れさせただろう。この部屋に招待する気も、に会わせる気もない。 ただ、少なからずはエルリック兄弟に関心を持っているようだった。 三年前、エドワードに国家資格の試験を受けさせるためにロイが同行しなければならなくなったのだが、そのとき、数日家を空けることをに心配させないために、かいつまんで彼らの事情を話してしまったのがいけなかったのか。 もちろん人体錬成のことは話していない。けれど両親がいないこと、弟の身体を――鎧姿だとは話していないが――治すために兄が国家資格を取ろうとし、そして取ったことは話したので、たぶん自分と姉の境遇に重ねているのではないかと思う。 ロイの言葉に安心したように、もテーブルの上に置いたままになっていたカップに手を伸ばした。の視界から外れてしまえは、ロイの声は、には届かない。身体を密着させていれば、ロイがなにか言葉を発したのは解るかもしれないが、それまでだ。 一緒に暮らし始めて四年――のためにできる限りのことをすると誓ったのに、その状態はなんら変わることもなく。 「――」 聞いてどうする? 聞いて――が聞こえるようになりたいと答えたら? まだエルリック兄弟も戻れてはいないのに。 いや……そもそもそうやって他人を当てにしていることからしていけないのかもしれない。けれどロイには生体錬成は無理だ。こればかりは、やってみなければ解らないという領域ではない。 それに――ロイはすでに軍籍を選んでいるのだ。目的を達成せずに、軍を辞めることはできない。軍人で、国家錬金術師でもある以上、時間にも場所にも制約を受ける。 (いつか来るのだろうか、軍か、かを選ぶときが……) 一緒に暮らし始めるときに、その存在が迷惑になったら教えるとと約束した。迷惑になることなどいまも、そしてこれからもないと断言できるが、戦いの場にを連れてゆくことはできない。 が安全に暮らせる国を創る――それが、ロイがのためにできる『できる限りのこと』だ。 そのときに、がいなければ意味がない。 「必ず、ここに戻ってくる――」 ロイの発した声の振動が伝わったのか、がロイを見上げる。「なにか言った?」というように優しく問いかける瞳に、ロイはゆっくりと告げる。 「久しぶりに――一緒にシャワーを浴びようか」 の目が見開かれ、軽く視線を逸らせた。恥ずかしがりやのにそんなことを言うと、以前は真っ赤になって俯いてしまったものだが、流石に少しは慣れてきたらしい――いや、慣れてきたように見せようとしているのかもしれない。その頬はやっぱり赤く染まっていたから。 ロイを見上げ素早く頷くと俯いてしまったに、ロイは溢れてくる笑みを堪えられない。の長く伸びた柔らかく細い髪に手を入れて、かき回すような仕草をする。 「の髪はわたしが洗ってあげよう」 俯いていたにその言葉が聞こえたはずはないのだけれど、ロイの仕草からその意味を察したらしい。上げられたその顔には少し拗ねたような色が浮かんでいたが、はおずおずとその左手を伸ばしてきてロイの髪に触れた。 「ん? わたしの髪はが洗ってくれるのか?」 問いかけておきながら、ロイはが答えるのを見なかった。 その前に――を抱き寄せそのくちびるを攫っていたから。 *あとがき* ニーナまで入れるつもりだったんですけど、あまい話はあまいままで、ということで番外編のような感じにしてみました。なのでちょっと短めです。 シャワシーンとかありませんので、探さないで下さい(笑) |