落ち着こう、。
そうだ、整理しよう。 まず、『いつ』――は、この際問題じゃない。 『どこで』――も、大した問題じゃないだろう。 『誰が』――冴木光二が、 『誰と』――芦原弘幸と、 『どうした』――――キス……? しかも正確には、芦原が、された…………? 「なんで!?」 思わず声を上げてしまったオレに、芦原は頬を膨らませて叫び返した。 「それはこっちが聞きたいんだってばー!」 [all or nothing 2] 「なぁ、。俺、女に見える?」 「……オレの目はそんな異常じゃない」 「だよなー」 流れる沈黙。溶けていくアイスクリーム。 芦原が好きだからって土産をアイスクリームにしたのは失敗だったか。 「オレの目に異常はないが、冴木の目は分からん」 「冴木くんっておかしいのかな?」 「かもな」 「……、真面目に答えてる?」 「無理。経験ないし」 そう言ってから、しまったと気づく。芦原の顔が、嫌味なほどニコニコと笑ってやがる。 「へ〜、、ないんだ」 「オトコとは、だ」 「ふーん。でも、そうだなぁ……だったら経験させてあげるよー」 その言葉とともに、芦原の手がオレを掴まえようと伸びてきた。 「――謹んでお断りだ!」 「まぁ、そう言わずに。人生何事も経験でしょー?」 「いらない経験もある!」 芦原の手を振り払い、押し戻す。当然のように芦原も押し返してきて。なんだよ、コレ。力比べか? 「解った! 解った! 脳細胞総動員して真面目に考えるから!」 「ホントー? よかったぁ」 芦原がニカッと笑って、同時に押されていた手も引いていく。ああ! まさか芦原にしてやられるとは! 「でー。ねぇ、。どうすればいいと思う?」 「どうするって言われてもなぁ……」 小声で呟きつつ、真面目に考えてみる。ええっと、ええっと……ダメだ。カードが少なすぎる。 「あのさ、芦原。そんときの状況を詳しく教えて?」 オレはもっともだと思える質問をしたはずなのに、芦原の顔は一瞬にして強張った。 「えっ?」 「だからー、“みたい”って? されたかどうか、はっきり解んないのか?」 「それは……その……」 さっきの勢いとは打って変わって、急にうろたえはじめる芦原。なんだなんだ? オレはそんなおかしなことを聞いたつもりはないぞ。これは……なにかある。 「話してくれないと、オレも考えようがないんだけどなー」 「ん……えっとさ。ちょっと、酔ってて」 「覚えてないの?」 「そんなことは……ない、んだけどさ、その前後があやふやっていうか……」 「で?」 「え?」 「だから肝心のキスうんぬんは覚えてないワケ?」 「……酔ってて、楽しくなっちゃってー、冴木くんがなんか言ってたみたいなんだけど、うん、うんって、適当に相づちうってたら、そしたらいつのまにか目の前に、冴木くんの顔があって――」 ふむふむ。それで女に見える? って聞いたわけか。芦原が酔っ払うくらいなら、冴木も相当飲んでたんだろうし、女に……見えたわけじゃなくても、口寂しくなったとか、まぁちょっと気の迷いとか、冗談とか、そんなもんだったのかもしれないなぁ。 「で、芦原くんはー、冴木くんにちゅーされたあとどーしたんだい?」 わざと軽い口調で、オレは芦原に聞いた。 「…………た」 「え?」 芦原はあまりに小さな声でぼそぼそと答えたので、オレは聞き返す。 「だから……殴って逃げたの!」 …………。 ………………。 ………………あ、もうダメ。 「ぶははははっ!」 オレは我慢できずに吹きだした。 「話せって言うから話したのに。笑うなよ、〜!」 「だって……あはは! そのときの、状況が目に浮かぶっつーか…あはは〜!」 ああ、芦原にグーで殴られる冴木が見える、見えるよ〜! 笑い続けるオレに、芦原は拗ねたようで顔を背けた。 「あー、もういいですよーだ! に相談した俺が悪かったんだ!」 「ごめん、ごめんって。で、芦原は、このあとどうしたいのさ?」 必死で笑いを抑えて、そっぽ向く芦原にオレは聞いた。 「どうもこうもないよ」 「なんで?」 「だって……解んないし。冴木くん、怒ってるかもしれないし」 「殴ったことに関しては正当防衛みたいなもんじゃないのか? キスしてきた冴木が悪いんだし」 「それは、そうなんだけど……」 「けど?」 「…………」 なんだ? なんだかさっきから急に歯切れがわるくなった気がするんですが。 「なぁ、冴木から電話かかってきてるんだろう? 出てないの?」 芦原は頷く。 「一回も?」 「一回も」 「何回くらい電話あったの?」 「……昨日だったから、もう十回くらいかなぁ」 「それ……怒ってるのか? もしかしたら、冴木も反省して謝ろうと思ってるんじゃないのか?」 「そうかも……しれないけど、でもさ、なんか……話すの怖い」 「怖い? なんで?」 「解んないんだよ〜。だからに相談してるんじゃないか!」 「そー言われても……」 芦原が解らないものは、オレにだって解るはずな……いや、ちょっと待て。 オレだったら――想像したくもないが、もしオレが冴木にキスなんぞされたとしたら――そしたらオレも、殴るかもしれないな。ああ、それは理解できる。きっとボコボコにしてやるだろう。でもって、そのあとは――オレだったら、しばらく冴木を下僕にするね。責任取らせるね。いい弱みを握ってやったと扱き使うね。だけど芦原の、この態度………… 「話すの怖いって……芦原、なんでそんなに冴木の反応を気にするんだ?」 「え…?」 オレの言葉に不意を衝かれたように顔を上げた芦原に、オレは思ったことをズバリと言ってやった。 「もしかして――お前、冴木のこと……好きなの?」 |