オレの言葉に固まってしまった芦原に、オレはもう一度、しっかりゆっくり繰り返した。
「なぁ、芦原。お前、冴木のこと、好きだったりするの? もちろん――恋愛感情って意味でだぞ」
「――そそそそっ! そんなことあるワケないよ〜っ!」
 言い終わるなり飛んできたパンチをオレはひょいと避けて、その腕を掴んだ。芦原のやることなんてお見通しだ。右手で芦原の腕を掴んだまま、時計をはめた左手首を芦原の眼前に掲げる。
「もう十二時近い。近所迷惑。お前んトコ、結構壁薄いんだろ?」
 芦原は唇を尖らせて顔を背ける。気分を損ねたというよりは、バツが悪いといった顔だ。激していてもこういう常識的なことですぐ冷静になれるのは、芦原のいいところだ。
が変なこと言うから悪いんだろ」
 ブツブツと呟くように芦原が言う。
 変なこと、ねぇ……。
 なんつーか。どう見ても“恋する乙女”みたいですよ、ヒロユキくん?



[all or nothing 3]



「あ、。いま変なこと考えてた!」
 おっと。こーゆーとこ、意外とヌケサクじゃないんだよな。
「いや〜、別に。これからどうしたらいいのか考えてただけだよ」
 芦原に嘘だという目で睨まれたけど、ホントのこと言ったら当たるまでパンチが飛んでくるだろうから、言わないよーだ。
「とりあえずさ。芦原のしたいように、望み通りになるようにするのが一番いいと思うんだよね。だからさ、どうしたいのか考えなよ」
 正直、男同士というより、芦原と冴木がねぇ……という、その組み合わせのほうに少々疑問があるような気もするのだが(いやでもどんな疑問かと言われると深く追求したくはないのだが)ヤツラは門下は違っても同期だし、よくメシ一緒に食ったりしてて仲がいいのは知ってるし、そうだよな――知ってるから、ふたりとも知ってるから、そういう意味で想像できないというか違和感があるんだろうな。でも……そうだな。
「オレは友達やめないぞ。芦原が冴木好きでも」
 本音で言ってやったのに、芦原はいつになく鋭い目でオレを睨むと――に〜っこりと笑って顔を近づけてきた。
く〜ん? だから俺は、冴木くんなんか、全然、これっぽっちも、好きじゃないんだよー」
 うわぁ、芦原。その笑顔怖いよ。誰に習った? 桑原のジイさんかっ!
「それともー、はー、俺と冴木くんがくっついたりすると面白かったりする〜?」
「……いえ、そんなことは、全く」
 ワタクシが悪うございました。だから、その顔やめてくれ! こんなふうにニコニコしながら顔近づけられると、睨まれるより苦手なんだって。
「そ、そうだよなぁ、芦原は冴木のことなんか好きじゃないよな〜」
 ははは〜と乾いた笑いでオレは返した。ようやく機嫌を直してくれたらしい、芦原の顔が引いていく。ほっ。
「だいたいさぁ、どうしたらいいか解らないから、呼んだんだよ? どうしたいかなんて、解るわけないじゃん」
 ポツリと呟いた、それが本音か、芦原。
 う〜ん、これで相手がまったくの他人、というか、他世界のヤツならほっとくんだけどなぁ。冴木とは、この先イヤでも顔合わせていくんだろうし。ましてや、対局する機会もあるだろうし。オレもだけど、芦原はもっと、そういうこと気にするんだろうな。そういう意味で、変な苦手意識があるのは、大事な局面で勝敗を左右されかねない。
「じゃあさ、芦原。まぁ、これはオレの意見として――というか、オレならこうするだろうなってことで参考に聞いて」
「……うん」
「酔った上でのことなんだから、気にしない。忘れる」
「…………うん」
「だから冴木にも、気にしないで忘れようって言う。って感じかな」
「冴木くんと、話さないとダメ?」
「ダメっていうか……冴木のほうが気にして何度も蒸し返されたりしたら、ヤだろ?」
「……うん、それは、そうかも」
「ま、でもあくまでオレの意見なんだからな。その通りにする必要はないよ」
「うん、でも、参考になった。…………そうする」
 だから――って、まぁいいか。芦原がそうするって決めたんだし。どっちにしろ、酔った上での事故みたいなもんだから、気にするほうがおかしいってもんだろう。
「じゃあさ、アイス食お。コレ溶けちゃったから、もう一個」
 あとで食べてもらえばと思ってたけど、余分に買ってきておいてよかったかもな。
「あ〜、勿体無いけど、仕方ないかぁ」
 そう言って芦原が立ち上がったとき、タイミングがいいというのか悪いというのか――再び、芦原の携帯が鳴った。
「――芦原」
 促すと、芦原がコクリと頷いて携帯を手に取る。ディスプレイの表示を見るその顔で、相手は解る――冴木だ。
 静かな室内に、コール音だけが続いていく。どうしよう? オレ、外に出たほうがいいかな? 見られてたら芦原も話しづらいだろうし。そう思って立ち上がりかけたオレの前に――――
「やっぱり、ダメ! 、変わって!」
「え? あ? え???」
 って、なんで、オレの手に芦原の携帯電話が〜!
「ね! ! お願い!」
 お願いって言われても、なぁ……。
 ディスプレイに表示されている名前は、やはり『冴木光二』で。まだ鳴り続けているけれど、いつ切れるか解らない。ヒトの携帯に出る趣味はないけど、本人が出ろって言ってるんだし、それに――オレが出てから、芦原に変わればいいか。
 仕方なく、オレはキーを押して耳に当てた。
「もしもし」
『――芦原さんっ!』
 耳元で、切羽詰った冴木の声が聞こえる。あーあ。
「ハズレでーす」
『え? あ? あれ???』
 そりゃ冴木だって驚くだろう。間違い電話を掛けたと慌てて切る前に、教えてやるか。
「芦原弘幸ではないですが、これは芦原の携帯です。どーぞ」
 オレの言葉に、冴木は事態を把握したらしい。そして、オレが誰かも。
『……、さん?』
「当たり。いまちょっと芦原んトコ来てて。芦原は――」
 チラリをオレが芦原に目線をやると、芦原は両腕でバッテンを作り「俺は出ないからね!」と小声で言った。
「出ない、と言っている」
 オレの言葉に芦原は顔を顰め――冴木は『そう、ですか……』とだけ言い黙ってしまう。オレが電話に出ている理由を察しただろう。
 さて、どうするか。もしかしなくても、こいつらの関係って、オレがどう動くかで変わってきちゃうのか? 困ったな。そんな責任は取りたくないんだけど。
 芦原が携帯を当てていないほう――右耳に顔を近づけてこそこそと言ってきた。え? さっきのことを言えって?
「冗談だろ、芦原。オレの口から言ったら逆効果だって」
 他人に言わせるのの、どこが「気にしてない」ことになるんだよ!
「自分で言え!」
 オレは電話機を芦原に押し付けた。
「ヤダってば」
「芦原〜」
 ああ、携帯だとこの会話全部拾われて、冴木に聞かれてるかもしれない。
「もしもし、冴木? ちょっとまたあとで――」
 一回切って、芦原から掛けなおさせようと、言いかけたオレの耳に、信じられない言葉が入ってきた。
『もしかして……芦原さんの好きな人って、さんだったんですか?』