君と、いたい2




「なんや、ケンヤ君。一緒に来んの?」
「人数おったら、ナンパも成功せんやろ。時間決めてあとで集合しようや」
 原宿駅に着いたところで、忍足謙也は一緒にいた仲間に別行動することを告げた。
 予定では東京駅に着いたあと、全国大会の会場になるアリーナを下見に行くはずだったのだが、そのアリーナを見せたい張本人の金太郎がいなくなってしまったため、こうして適当に遊びに来たのだ。
「誰がナンパするて――まぁ、ええわ。エエ子おったら連絡してやー!」
 仲間の声にヒラヒラと手を振って答えると、謙也はひとり歩き出した。
(神頼みって柄でもないしな――)
 神社の参道入り口の看板を横目で眺めて、謙也はぼんやりと歩き出す。向かったのは近くの大きな公園だった。
(侑士がヒマやったら呼び出したったのに)
 金太郎が静岡で降りたのは解っていた。同じ新幹線の同じ車両に乗っていたのだから。
 富士山を目にした途端、周囲の静止も聞かず、飛び降りたのだ。金太郎のラケットを入れている巾着の中には、もしもに備えて緊急連絡先の電話番号と部員の携帯電話の番号を書いたメモを入れてあるので、そう心配もしていない。
 むしろなにかあるかもしれないと思ったからこそ、こうして大会の四日も前に、全員で東京を目指したのだ。
 想定していた最悪の事態通りに時間が空いてしまったわけで、従兄弟を呼び出して案内でもさせようと思ったのだが、急に全国大会への出場が決まった従兄弟は練習中とのことで、仕方なく適当に金太郎自慢をして電話を切ったのだった。
(さぁて、どないするかな……)
 公園に入ったものの、目的もなく歩き回るにはこの公園は広すぎた。
(どっか、昼寝でもできる場所でも――)
 周囲を見回した謙也の目に留まったものは。
(なんかの撮影かいな……)
 カメラだのレフ版だの、なにやら機材を抱えた集団と、そして――――
「じゃあ、くん。撮影の準備してるから、きみはこの子と仲良くなるためにちょっとその辺散歩してきてくれる?」
「はい!」
 大きな犬と、そのリードを持った――一瞬、少女かと思ったが――どうやら少年だった。男だが、謙也好みのキレイ形だ。
「残念……でも、目の保養やなぁ」
 謙也は思わず呟いていた。
 と呼ばれた少年は、ゴールデンレトリバーを連れて、幸いにもこちらへ向かってくる。
(こら声かけな、失礼ってもんやろ)
 犬を見つめながらとても楽しそうに歩いてきた少年に、謙也は一歩踏み出して声をかけた。
「可愛えなぁ。ジブン、なんて言うん?」

     *     *     *

「可愛えなぁ――」
 聞こえてきた関西弁に、は思わず足を止めた。
 声のしたほうへ顔を向けると、そこにいたのは見かけない学生服を着た男子生徒で――年齢は確かに忍足と同じくらいだったが、の知っている忍足侑士とはまったく似ていない人物だった。
「え……」
「なぁ、なんて名前なん?」
 戸惑っていたに、彼は再び話しかけてきた。聞き違いではなく、やはり関西弁だった。
(でも、同じ関西弁ってだけで、侑士だと思うなんて……)
 忍足はいま、氷帝学園のテニスコートにいて、こんなところにいるはずはないのに、それは解っていたのに――一瞬でも忍足だと錯覚してしまうなんて。
「えっと……カイだよ。可愛いよね」
 気を取り直して、は答えた。
「でも、ぼくの犬じゃなくて、ぼくもいま会ったばかりなんだけど」
 少しずつ平気になってきたとはいえ、まだは知らない人間に近づかれるのは怖いときもあり、声を掛けられると身構えることもあるのだが、彼に対しては――少し緊張はしていたが――答えることができた。忍足と同じ、関西弁のせいなのかもしれない。
「あはは、そいつはカイか――」
 特に面白い名前ではないと思うのだが、も聞いたばかりの名を教えると、彼は笑った。
「よぉ、カイ。お前さん、なんや賢そうやなー」
 彼はカイの前にしゃがみ込むと、同じ目線でその頭を撫で始める。
「俺は謙也。ジブンは?」
 楽しそうに犬を撫でていた彼の目線が、急にへと向けられた。
 ドキッとした――彼が忍足ではないのは解っていたし、外見的に似たようなところもないというのに、その仕草はなぜか忍足とダブって見えたのだ。忍足がこの場にいたら、きっと同じように犬を撫で、同じようにを見上げる――そう思わせるほどに。
「ああ、そか。関西弁、珍しいんか?」
 彼にそう問われて初めて、は謙也と名乗った彼の質問に答えることなくじっと見つめていたことに気づかされた。
「あ、ゴメン。そうじゃなかったんだけど……」
 まさか、同じ関西弁を喋る人のことを思い出してましたと言えるはずもなく。
「えっと、その……ぼくは、と言います」
くんか。ええ名前やな――似合うとるわ。で、くんはモデルかなんかなん?」
「え……」
「アレ、なんかの撮影ちゃうん?」
 謙也がの背後――が来た場所を指差す。
「ああ、あれはこのカイの撮影だよ。ぼくは普通の学生。今回は、その……ちょっと、手伝うんだけど」
 モデルを頼まれてここまで来たのはいいが、自身にもなにをどうすればいいことなのか分からないので、曖昧な返事になってしまった。
くーん!」
 見れば叔父の友人が、おいでというように手を振っている。もう準備ができたのだろう。
「あ、あの、呼ばれてるから、戻るね」
 軽くカイのリードを引くと、解ったとでもいうようにカイは大人しく向きを変える。
 じゃあ――と言って、歩き出そうとしたの隣に、いつのまにか謙也は立っていた。
「なぁ、くん。俺も見学させてもろてええかな?」

     *     *     *
 
「えっと、あの、その……」
 見学してもいいかと謙也が尋ねると、目の前の少年は戸惑うように目を伏せてしまった。その目元がほんのりと紅い。困っているのではなく、恥ずかしがっているらしい。
(こーゆー恥じらいて、新鮮やなぁ)
 謙也としては、はきはきと物を言えるタイプ――それにもちろんスタイルが良くて美人というのも加わるのだが――が好みなのだが、四天宝寺テニス部のレギュラーである謙也に話しかけてくる女の子は、やはり“アタシを見て”というオーラ全開なことが多く、最近では少々飽きてきたところだ。
「困らせてもうて、堪忍な。そやな、邪魔したらあかんよな」
 残念そうに告げる。もちろん、本気でそう思っているわけではない。
「ううん、そんなことは――その、外なんだし、見てるのは、大丈夫だと、思う」
 返ってきた予想通りの答えに、謙也はことさら笑みを作ってみせた。
「そおかー! 嬉しいなぁ。ほな、行こか。なぁ、カイ?」
 と並んで歩き出し、撮影場所へ近づいてく。
「あれ? くん、友達?」
 声をかけてきたのは、三十台くらいの男性だった。
「あ、えっと――」
「あんまり可愛かったんで、ついナンパさせてもろたんです。邪魔やったら帰りますから、ゆうて下さい」
 どう言ったらいいのか迷っているを助けるように、謙也はその男性に答えた。
「へぇ、君も大阪の子なんだ? いいよ、別に。撮影してるところに入らなければ。まぁ、ナンパうんぬんは、怖い保護者がついてるから、そっちの許可をもらったほうがいいかもしれないけどね」
「保護者?」
 きみもという言葉に疑問を抱いたが、それよりも先に、大事なほうを尋ねてみた。
「あのカメラマン。くんの叔父だよ」
 男性が指差した先には、カメラを手にした――やはり三十台くらいの男性がいた。叔父と言うからには血縁者なのだろうが、と似たところはない。
「じゃあ、くん。今回は急に頼んじゃって悪かったけど、よろしく」
 はい、と頷いて、はカイと共に行ってしまった。同じく行きかけた男性を、謙也は呼び止めた。
「あの、さっききみも――て、言わはりましたよね? 他にも関西弁喋るヤツ、おるんですか?」
 いまどき関西弁など珍しくもないだろうに、なぜか彼は少し驚いたような言い方をしたのが気になっていた。彼以外のスタッフが全員関西出身だったりするのかと、謙也はスタッフのほうを指して尋ねた。
「ああ……いまここにいるんじゃなくて、くんの親友。クラスメイトらしいんだけど、テニス部で天才とか言われてるすごいプレイヤーなんだって、嬉しそうに紹介してくれたから、よく覚えててさ」
(テニス部で、天才――?)
 中学生でも“天才”と称されているプレイヤーはそれなりにいる。けれど、関東にいて、関西弁を喋って、天才と呼ばれているというのは、ひとりしかいないと思う。
 だが――なんというか、イメージが湧かない。あのクールな従兄弟が『親友の天才プレイヤー』などと大人しく紹介されているというのは。
「もしかして……くんの学校て、氷帝学園やったりします?」
「ああ、確かそうだったはずだけど――」
「ほなソイツ、長髪で丸眼鏡かけてて、目つき悪うて――忍足て名前やったりしました?」
「え? 知り合い?」
 その彼の驚きに、自分の推測が正しかったことを知る。
「ホンマなんかー。偶然てあるもんやなぁ……」
 その忍足なら従兄弟だと話すと、彼もその偶然に驚いていたが、それを知ったらくんも驚くだろうなと近くで撮影を見ている許可をくれた。
(それにしても……)
「いちばん似合わへんなぁ、侑士に“親友”やなんて」
 つい、謙也は呟いてしまった。
(待てよ――)
 外見はそう似ているところもないが、幼いころ謙也と忍足はよく一緒に遊んでいた。遊びたい玩具も、好きな保育園の先生も、なにかと謙也と忍足の好みは重なって、よく取り合いに――もちろん先生はお互いに手に入れることはできなかったが――なったものだった。
(もしかして――)
 は男だが、謙也も声をかけずにはいられなかったほど、好みのタイプなのだ。クラスメイトだという忍足が、本当にただの“親友”の地位にいるのか。
(ちょお、確かめてみるか)
 謙也は撮影現場から一歩下がると、携帯電話を取り出し、携帯のカメラでを写真に収めた。

『好みのコ、発見!
 モデルなんかな?
 撮影終わったら
 声かけてみるわ』

 という文章をつけ、撮ったばかりの写真を忍足のアドレスへ送信する。
「金ちゃんのおかげで、楽しめそうやわ」
 呟いて、謙也はニヤリと笑った。